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レポ:弓指寛治さん『ダイナマイト・トラベラー』を観て

展示最終日だった3/17(日)の夕方、曳舟にあるシープスタジオという場所でおこなわれた弓指寛治の個展『ダイナマイト・トラベラー』を観にいきました。

店舗兼住宅のような2階建の古民家での展示。建物の構造をうまく使ったツアー仕立ての展示構成はかなり見応えがありました。

ちなみにこの展示は、末井昭 著『素敵なダイナマイトスキャンダル』に出てくる末井富子さんがダイナマイト心中するまでの時間軸と、弓指さん自身が富子さんが住んでいた岡山県へ旅する時間軸が並走するように構成された展示です。

末井富子さんは昭さんの実母。肺結核を患っていた富子さんは入院ばかりで昭さんとほとんど一緒に暮らしたことがなかったようです。富子さんが死ぬ前の1年間だけ一緒に暮らした時期があり(富子さんはもう治らないと見越されて自宅療養になったようです)、最期は隣の家の一人息子の霊司さんと、山奥でダイナマイト心中しました

弓指さんは2015年、ゲンロン カオス*ラウンジ 新芸術校(第1期)に在学中にお母様を自殺で亡くされ、それ以降、自殺や慰霊をテーマに絵を書き続けています。弓指さんの作品が気になった末井さんが、自殺にまつわるインタビュー本『自殺会議』で彼にインタビューし、その縁で弓指さんが末井さんの母、富子さんを絵にしたのが今回の展示。
書籍のインタビューは朝日出版社ウェブマガジンにて、ロングバージョンで掲載されています。ただし期間限定。もう掲載終わりそう…。)

入ってすぐに展示の前書きが。末井富子さんのダイナマイト心中と、弓指さんの岡山旅行の二つの工程を追う展示。二つの時間軸を追う観客として、ここからツアーがはじまりました。 

入り口入って最初の通路には、弓指さんが末井さんの実家の岡山に行った時のこと、富子さんと心中した霊司さんの絵などが飾られています。

この不穏な霊司さんの絵、不気味でいいなと思っているんですが、新聞紙がぬっと浮き上がっています。なぜ弓指さんの絵は新聞紙が貼られているんだろう?と思っていました。
気になっていると、『自殺会議』の中のインタビューに理由が書いてありました。

――――これは、板に直接描いてるんですか。
 いや、白塗りしてないです。ただ、新聞貼っただけで、そこから描いてます。新聞の造形とかデザインっていうよりは、死んだ人の命日とかって絶対覚えてるじゃないですか。十月の二十三日で、とか。日付と出来事ってセットやなって思って。
――――うんうん。
 新聞って毎日届くし、そこに昨日あった出来事とか記されとるから、これを下地に貼って、その上から描くっていうのはいいかなあって。ただの儀式的なものですけど。

(自殺会議外伝『祝「ダイナマイト・トラベラー」開催記念ロングバージョン再録その1。母の自殺を自分の中で取り込むため、三ヵ月間休まず絵を描き続けた画家』 あさひてらす 2019.3.21)

弓指さんの絵は情報量が多いというか、画面にみっちり何かが描き込まれている印象だったのですが、この新聞紙のせいもあるのだろう、と思いました。無数に切り貼りされた誰かの命日としての新聞紙が、うっすらキャンパスに潜んでいる感じです。霊司さんの絵は切り貼りされた新聞紙がたくさんの魂のように浮かびあがっていて、その後の運命を予見させます。

通路を進むと富子さんと小学生だった昭さんが描かれた暖簾が。背景には山の方でダイナマイトが噴火している様子が描かれています。(昭さんの実家は鉱山が近く、ダイナマイトがのどかな夕暮れの合図のように日々響いていたようです。)

暖簾をくくぐると、昭さんのご実家の町の風景が。現在の様子なのか、富子さんが行きていたころのものなのかはわかりません。

靴を脱いで土間をあがると、富子さんの後ろ姿がありました。

「経路2」と書かれた2階へ進むべく階段下へ。階段入り口に金と銀色のテープがでできた暖簾をくぐり、2階にあがります。(おそらくこの暖簾は異界へ向かう儀式的なものだと思われます。)盆踊りの何か?

2階にあがるとすぐの壁には「まつりの準備」。死者を供養する盆踊りのイメージは、弓指さんの作品の中で繰り返し登場します。

2階は富子さんが山奥に入り、心中に至るまでの時間が中心です。

富子さんは夫と大喧嘩をしたあと、山奥にこもり二度と家には戻らなかったのですが、これは山の奥へ入って行く様子です。12月の冬山で、着の身着のまま飛び出したのでした。

そのまま進むと山からそびえ立つ櫓の絵(『鉄塔』)と右手のダイナマイトの絵。向かって右側には左手のダイナマイトの絵がぶら下がっています。

『鉄塔』の空にトリが飛んでいますが、トリは弓指さんの絵に頻出するモチーフ。彼が母の自殺を期に絵を描くことを放棄したあと、再度筆をとったのは、このトリのモチーフがあるからでした。
(彼が母の死をテーマに描いた『挽歌』では、死者の魂を持った鳥が巨大化した火の鳥を描いています。写真

2階最後の部屋は富子さんと霊司さんのダイナマイト心中の絵。
幅5メートルほどありそうな大きな絵で、目の前におかれた椅子に座ると絵の世界に引き込まれる感じがありました。

ふたりの目が矢で貫かれているのが印象的でじっとみていたのですが、この目はカオス*ラウンジの系譜かも?

心中の絵の横にはクリスマスツリーが(ふたりが心中したのが12月なので)。ツリーのオーナメントのようにぶら下がっている可愛らしいスカルプチュアは、よくみると心中した2人の飛び散った内臓に見立てられております。柳本悠花さんの作品。

1階に戻って最後の展示部屋に入ると、現代と死者が入り混じるような盆踊り空間へ。

画面右:もしも富子と霊司が現代のラブホにきたら、の絵。
画面真ん中:盆踊りが描かれた大きなぼんぼり。
画面左:末井昭さんが昔、大手キャバレーで太陽の塔のパロディで作った<チンポの塔>のオマージュ。弓指さんが、岡山の山にこそあるべきと描いた絵。(弓指さんは、2018年に岡本太郎現代芸術賞敏子賞を受賞していて、この展示の1ヶ月前には岡本太郎記念館で『太郎は戦場へ行った』という特別展を開催しており、太郎とゆかりが深い。)

下の絵は末井さんの小学六年生のお孫さん(瀧川絢子さん)の絵。弓指さんがあまりにもいいと思い、展示することになったそう。『デメキン』と『ジャングルの中のとかげへび』。現在の時間軸で、生きている人と死んだ人が渾然とした祝祭の空間となっていました。

弓指さんが末井さんと一緒に富子さんの墓参りに行った時の記念写真の絵もありました。富子さんが入っていく森とは少し違う明るく元気な森にみえました。

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1階で作家の岡山旅行の軌跡を追い、階段を登って盆踊りを経た2階では富子さんのダイナマイト心中の時間を通り、最後に再び1階の現実の時間軸に戻ると、あの世とこの世が入り混ざるような世界にたどり着きました。まさにダイナマイト・トラベル。

それぞれの絵の魅力もさることながら、建物の構造も利用した、ダークツーリズムのようなツアー構成に惹きこまれました。展示に脚本(のような仕組み)で演劇的に絵を観ていく展示。2017年にいわきで展示された、手紙によって展示を巡っていく『百五〇年の孤独』を思い出しました。

おもしろいと思いつつ、少し戸惑いがあったのは、作品が脚本のある一コマにすぎない、とも見えてくるので、作品が観られるフレームが固定化され、解釈の幅が限定的になりやしないか?という不安もよぎるからです。

しかし、それにしてもよい展示でした。絵単体は別の機会にも観れるかもしれませんが、この展示空間に再度出会うことはおそらくないと思われ、同時代でしかも観れる環境にいてよかったと思える展示でした。アート展示というのは一期一会だとしみじみ思います。

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