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インド生活記1🇮🇳

フライト時間は思ったよりも短い時間になった。世界は広いけど狭い。飛行機という発明がこの世界をより身近なものにした事は言うまでもない。私はいたって快適に空の旅を楽しんでいた。いざ到着すると、そこは久しぶりにムシムシとした灼熱の国であった。この暑さに懐かしさと、しっかりと嫌気を感じつつ、私はイミグレーションまで向かった。インドはVISAが面倒で有名だが、日本人はとても簡単に手に入れることができる。世界で唯一アライバルVISAが取得できるのだ。私も例に習い、アライバルで入国。しっかり1人だけだったため、担当者も優しく、素早く、そしてフレンドリーに対応していただいた。心細い1人の時に笑顔を振りまいてくれるだけでいかに救われるか。他愛もない会話がインドに対するハードルを少し下げてくれた。

インドに対して私が思うことは恐らくこのどっちかであると思っている。
すごく好きになるか、すごく嫌いになるか。

なんせ面倒臭いや、刺激的だ、もう行きたくないだ、インドに住みたいや、あまりに極端な話ばかりしか聞いたことがないからだ。百聞は一見にしかずではないが、実際にこの目で確かめてみようじゃないか。そんな心意気であった。

いざ入国してみると、噂に聞いていた客引きはそんなにしつこくもない。なんなら、みんな親切に教えてくれるではないか。あれ?どこか違う。私の想像していたインドとは違う。もっとこう激しく、暑苦しいくらいの人々を想像していたからか、少し残念ささえ感じる。
なんてことはなく宿までたどり着いた。いや、着いてしまったという方が正確かも知れない。

何はともかく一安心は一安心なのだが。インドはコルカタに来た。なぜここを選んだか?そんなことは聞かないでほしい。完全になんとなくだ。ほぼ、直感と言っていい。何があるかなんて知らない。ただ、目に入ったからだ。
私は早速、街に出ようとしたが、時間も遅く、眠かったせいであっという間に眠りについた。

翌日、私は宿で出会った数人と街に出た。喧騒とした街並み。どこからともなく押し寄せる異臭。暴れまわる犬。道路の中心にいる牛。まるでロックバンドのように激しく鳴り響くクラクション。その全てがインドらしいといえばインドらしいのかも知れない。私はまるでガキのようにカレーを食った。味は普通だ。正直日本でも食えるんじゃないかと思うレベル。まあそれも想定内なのかも知れない。

なんだろうか。どこか思っていたインドとのっギャップが大きすぎる。刺激的なものが少ないのかも知れない。街ゆく人も誰も声をかけてくることはない。終いにはネパール人なのかと声をかけられてしまった。

全く困ったものだ。中国人ならまだしも、ネパール人というのはどこか嬉しさを感じてしまう。
まあ格好から何からお金のある日本人には見えないのかも知れない。

そんなことを考えながらも、私はインドの街に溶け込んで行った。なんてことのない1日だったかも知れない。しかし、インドらしい事象は何ひとつ起こらなかった。この街には長くいれないかもしれない。ふと、そんなことを思った瞬間だった。

その日の夜に列車を予約した。もう南に行こう。なんで南か。それもまた、直感だ。北に行くのは見所も多く楽しいかもしれない。観光地に興味がなくなった今、私は風のように、どこか流れるようにふわふわとしていたいのかもしれない。

翌日も歩き回った。気づいたら15㌔も歩いていた。マップを見ることもなく、ただ彷徨う。案外それが楽しかった。

しかし、見慣れない街並み、汚い道路、多すぎる人々、その全てが、どこか刺激がない。私の目指すべき場所はここではない。確信に変わった瞬間であった。

コルカタの街はどこか不思議だ。発展しているかと聞かれれば、決してイエスとは言えない環境である。しかし、どこか発展していて、どこか騒がしい。どこか窮屈ささえ感じる街並みだ。それが苦手なのかもしれない。また都会か。
人間にとって生まれた環境やルーツは簡単に変えられないのかもしれない。それほどまでにその記憶は私たちの脳内に癒着している。住みやすさや、心地よさ、安心感はどうしても同じような環境でしか生まれない。

人間の面白いところだ。田舎で育った私にとっては、最高の環境はやはり、何もない場所なのかもしれない。

結局コルカタでは観光らしい観光はしなかった。それもまた1つの楽しみ方だと。自分を無理矢理肯定し、先に進むことにした。

私は少しばかりインドにガッカリしながら、ただ毎日を過ごしていた。

今の所「好きでも嫌いでもない普通の国」という予想ができなかった印象を抱いている。