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恋心を捨てるために

今回は『宇治拾遺物語』巻第三 十八「平貞文本院侍從等ノ事」の話でも。
今昔物語にもある有名な話なので、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。

平仲こと平貞文は、好色な男で、彼に振り向かない女はおらず。

そんな彼を無下にはしないのに、なかなか心をゆるさないのが本院侍従という女房。

彼女は醍醐帝の后穏子に仕えています。

自信があるから余計になのか、あいまいにされるともう一押しなのでは?と期待してしまう平仲。

卯月、今なら五月、初夏の土砂降りの日、こんな日に会いに行けば、「私の熱意に心をゆるしてくれるだろう」と期待して、平仲は侍従に会いに行きます。

(それについていく従者と、車を牽く牛は大変。)

そして、思惑通りになんかとてもいいムード。

とうとう・・・と思いきや、侍従は「遣戸(建物の扉)を開けっ放しだわ」と上着を残して、局を出て行きます。まさかこの空気で帰って来ないとは思わず、平仲は明け方まで一人部屋に残されてしまいます。


彼は家に帰ってあれこれ考えます。そして、そのくやしさをしたためて、文を送ると「主人のお呼びがあったので」とそれらしい返事。


なんなの、一体。なぜこの方は、このように気をもたせたままにするのかわかりません。


だけど、彼女にその気がないのに、このまま彼女にベタ惚れではよくないと思ったのでしょう。

彼は、彼女の醜悪なところを見て嫌いになろうと、樋箱(おまる)を盗ませることにします。

そこまでしたら、私は自己嫌悪で死にたくなりますが、それほどの覚悟で嫌いになりたかったのです。


従者に、本院侍従の樋すまし童から奪い取らせた絹で包んだものを開けると、とてもよい香りが。


なんと、侍従のものは、香料の水と薫物(練り香)だった。


・・・なんてわけはありません。

侍従はあらかじめそれを入れていたのです。


どうして盗もうとしたのがバレたのか怖い。さらに、怖いのは恋の病、平仲は樋箱を盗まれると察知していた侍従のやさしさに、さらに惚れてしまったです。

しかし、彼の覚悟は堅かった。それから、彼女には会わなかったそうです。


さすがに、樋箱を盗んで、入っているものを見ようとまでしたのですから、会わす顔はなかったのでしょう。


片思いの恋煩い。

簡単に止められない。叶わないのに深みにはまってしまうのはなぜでしょうね。


私は、平仲の気持ちをはっきりと拒む勇気はないけど、恥は晒したくない変なプライドがある侍従は、ひどいと思います。

しかし、平仲を傷つけないようにとの心配りなのでしょうか。

それとも、侍従には気持ちは受け入れられないけれど、拒めない何かがあったのでしょうか。


平安時代、男性が幾人の妻を持つことは、知られたことですが、女性も結構浮気をして、複数の男性を通わせていたのです。

もちろん、よいこととは思われていなかったようですが、近世ほど悪いことと思われていなかったように感じます。

『とはずがたり』ではないですが、実は本院侍従のは他にも情人がいたりして…


その気がないなら、きっぱり振って欲しいです。


詳しい解説はたくさんあるでしょうから、私が書くまでもないことですが、少し語りたくなったので。


参考:角川ソフィア文庫中島悦次校注『宇治拾遺物語』

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