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『百年の孤独』を読む

G・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』を読んだ。ついに読み切ったよ、やったよ。ということで、ネタバレを含む、感想を書くことにする。
普段は読書メーターに感想を書いているのだが、今回は長くなりそうなのでまずはこちらに。

すさまじい名著であり迷著

 巻末の梨木香歩さんの解説にもあるように、「熱帯の『豊饒』」を思わせる圧倒的な文章。そのパワフルさは神話に近い。バラエティ豊かで密度の濃すぎる比喩、幻想的で常識にとらわれない世界観と場面の移り変わり。その魅力は他の物語とは一線を画す凄まじい名著であることを意味する。
 それと同時に難解で、読んでいると何度も振り落とされて、読むことを挫折してしまいそうになる。比喩の実感や描写のイメージが湧かない。繰り返し読んでもしっくりこないまま次に進むので、迷子になってしまう。訳を掴み切れないまま英文を読み進んでいるときの感覚に近い。「どういこと?」「これであってる?」って思いながらも進む。自分がどこにいるかわからないまま、とりあえず先へ行く。迷子になる本、迷著でもあるのだ。

難解ポイント、その奥にある魅力

 難解ポイントはいくつかある。
 一つ目は、登場人物の名前。これで、かなり混乱する。
 巻頭の「ブエンディア家 家系図」を何度見返したかわからない。ホセ、アルカディオ、アウレリャノ、レメディオスなど同じ単語を含む名前の人物が繰り返し出てくる。一族の話だから仕方ないだろうと言われればそれまでだが、ホセ・アルカディオ・セグンドとアウレリャノ・セグンドという双子が出てきた辺りは混乱の極みだった。
 恋に落ちたり、夫婦となったりならなかったり、子ができたりできなかったり、死んだり死んだのに亡霊になって出てきたり、もはや亡霊ですらなく死んでるのに普通にまた出てきたりする。百歳超えても普通に出てくるし、一五〇歳くらいまで生きる人物までいる。ジプシーの錬金術師メルキアデスとホセ・アルカディオ・ブエンディアは最初の混乱ポイントであり、もはや神レベルの長生きと神出鬼没さ。メルキアデスに関しては、最後の方は羊皮紙に姿を変えて物語を裏で操っているといっても言い過ぎではない。
 ここで重要なのが、「似た名前が繰り返し出てくること」にも、作者の意図があるように思えるので一概に非難できないことだ。配偶者や職業、事件や出来事が変わっても、同じような行動をとってしまう一族の性を上手く表現しているからだ。登場人物が全員まったく違う名前だったら、わかりやすくなるかわりに、この物語の良さは削がれてしまっていただろう。

 二つ目は独特の比喩表現。
 ほぼほぼ隠喩で一文がかなり長く、動物や植物が頻繁に登場する。幻想的な世界の表現なのか、比喩として何かを伝えようとしているのか掴みかねる。(自分の読解力不足もあるかもしれない)
 ただその比喩表現が、強烈に印象的で美しい。熱帯の国の料理をはじめて口に入れたときの、香辛料や未知の調味料の味に戸惑う感覚に似ている。自分はまだ美味しいと思えないけれど、まずいと言って切り捨てるにはもったいないほどの魅力がありそう。複雑すぎて自分の舌では受け止めきれない味。複雑そうな比喩で意味はよくわからない、文字通り読めばぎりぎり想像できるけど「なんじゃこりゃ」と思う。

 最後に、非現実的な出来事。(記憶をもとに書いているので、誤りがあるかもしれない。)
覚えている範囲で例を挙げる。
 闘鶏でもめて、槍でついて殺された男が、喉に穴が開いた亡霊として出てきたり。ジプシーの道具の不思議さや、錬金術に夢中になるところとか。町全体が不眠になるところとか。死の場面に大量の花が出てきたり、いくつもの並行する世界の中で、現実に戻れなくなったことが死であったりとか。銃で撃たれた死体から匂いが消えない描写とか、流れ出た血が意志をもってどこまでも流れていくような描写とか。広場にいた人が大量に虐殺されて、めちゃくちゃ長い列車で大量の死体を運ぶとか。その妙に鬼気迫る感じ、時に緻密すぎる描写。どれを取り上げてもとても印象に残っているし、唯一無二の魅力がある。

 今まで読んできた本の中にそういうものがなかったわけではない。アンナ・カヴァン『氷』、リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』、ボリス・ヴィアン『日々の泡(うたかたの日々)』など、幻想的な小説はいくつか読んできた。そのいずれも、現実にはありえない描写があるが、そこに何とも言えない美しさがあった。
 どうやら「スリップストリーム」と呼ばれるジャンルがあるらしい。ジャンルとして作品群がまとめられ、名前がついているとちょっと安心するから不思議だ。その一群に、カヴァンや村上春樹、オースター、フィリップ・K・ディックやヴォネガットなどの名前を見ると、『百年の孤独』が異端なのではなく、これらの作品群の極致にいるのがわかる。

 映画『マルコヴィッチの穴』も含まれているのがわかる。この映画も独特だけど、一度見たら忘れられないインパクトがある。「そんなわけあるか」と思いながら、映像になっていると妙な説得力が生まれる。

さいごに

 わからないようでわかる。経験したことないけど、想像できる。ありえないことが起きる、でもおもしろい。まあ想像はつかないし、油断すると振り落とされるし、最悪の場合読むことを挫折する。

 森見登美彦の『熱帯』に「最後まで読んだ人はいない本」が出てくる。『千一夜物語』『アラビアンナイト』がモチーフなのだが、この『百年の孤独』も「買うには買ったものの最後まで読めてない人」がたくさんいる熱帯が舞台の本だよなと思う。
 一応読んだことは読んだが、何割程度理解できたのかは今でもあやしい。まあ、とりあえず最後まで読めてよかった。めでたしめでたし。


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