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アンダルシアとわたし。


とあるピアノリサイタルで聴いたリスト「スペイン狂詩曲」が強烈すぎた。友人と計画していた海外旅行の行き先候補はスペインとドイツの二択だったが、おそらくわたしはスペイン!スペイン!とあからさまにスペインを推していたに違いない。たぶん友人は折れたのだろう、誠に申し訳ない。スペインは治安がいいとガイドブックで知り、安心しきっていたのだが、空港でガイドの方に「スペインは治安が悪い地域もある。貴重品は腹に巻いてください。腹に巻いていても強奪される場合もあります」と言われ、出国直前に軽くお先真っ暗に。とんだサプライズである。おのれガイドブック。それは少なくとも2人組だと思われる。ひとりが観光客を後ろから羽交締めにし、もうひとりが観光客の服を捲り上げ、腹に巻かれた貴重品を奪うやいなや逃走。腹に巻いてもダメなのかスペイン。巻くけども。だがすべてを奪われて異国で一文無しになるわけにはいかないと考えて、いくらかの金銭を靴の中に忍ばせることにしたのだった。ターゲットをいきなり倒して靴を脱がそうとする強盗はいない。どうだまいったか。気が大きくなったのか機内では映画を観て友人とゲラゲラ笑って過ごした。

さて、スペインと言えば闘牛である。マタドールである。イケメンである。その程度の知識しか持ち合わせていなかったわたしは、マタドール対牛、1対1の勝負をおがめるものだと思っていた。まさかマタドール登場の前に見たことも聞いたこともないピカドールとやらがぞろぞろ出てきて、よってたかって牛を痛めつけて弱らせるとは知らなかった。タイマンではないのか(いやまあ、片方はマンではないのだが)。友人も引いていた。ピカドールがそんなに出てくるのであれば、牛側も同数で対抗しなければフェアではない。マタドールが満を持して颯爽と現れたところでもう牛がかわいそうとしか思えず、なんなら牛を応援していた。文化が違いすぎる。するとわたしたちの前の席に座っていたおじさんが振り向き、「Chinese?」と聞いてきた。「No.Japanese」と答えると「僕はストックホルムから来たんだ。昔TOKYOで暮らしていたことがある。たからNIPPONのことは知ってるのさ」みたいなことを言っていた(たぶん)。「君たちはこのスペインの闘牛とNIPPONの相撲、どっちが好きなのかな?」国技的な意味で同列だとおじさんは考えていたのかもしれないが、なんか違う。相撲は力士の殺し合いではない。わたしたちは「相撲相撲相撲!相撲っす!」と食い気味に答えたのだった。

カテドラルのひとに「君たちは学生か?アメリカから来たのかい?」と声をかけられ「はい、そうです」と躊躇なく答えたわたしたちは、日本から来たゴリゴリの社会人だった。今から20年以上前のことである。どこを切り取ってもポストカードのような写真になると興奮して、犬を追いかけまわしカメラを向けていたらどこぞの国のツアー客に「おまえ、それが何かわかっているのか?」と聞かれたので「Dog!」と答えて失笑されたことも今となってはいい思い出である。友人はマドリードの百貨店でお土産のチョコレートを買おうとして、「日本に着くまで溶けませんか?」とスタッフの女性に確認していた。なかなか伝わらずに空中に地図を描き、「ここスペイン、日本ここ。すごくすごく離れている。チョコ溶けない?」と身振り手振りと片言の日本語をまじえて必死に説明したところ、彼女はにっこり笑って「大丈夫」と言ってくれた。わたしはこの、同じ人類とは到底思えないほど顔が小さいべっぴんさんに、靴からホカホカの紙幣を出して渡すことはできないなどと思っていた(ちなみに帰国して開けたチョコはばっちり溶けていたそうだ)(ホカホカの紙幣は誰にも渡してはいない)(あくまでいざというときの備え的なものだったので)。

この友人とは今も仲良くしてもらっていて、スペインは楽しかったとしみじみ話すこともある。確かに全体的に愉快な旅行ではあった。もちろんサグラダ・ファミリアやアルハンブラ宮殿は「うわあ」「うわあ」とことあるごとに声が出るほど美しかったし、プラド美術館で観た作品の数々には度肝を抜かれた(特にゴヤ「我が子を食らうサトゥルヌス」)。ただリスト「スペイン狂詩曲」を聴くたびに思い出すのは決まってアンダルシアで見上げた空なのだった。どこまでも青く、ひたすら高い空だった。いまだにどういう感情だったのかさっぱりわからないが、ぐっと涙をこらえた。ココロにしみるというのはああいうことを言うのかもしれないと思う。

わたしが日々歯を食いしばって生きている日本の空と、このアンダルシアの空は本当につながっているのだろうか?

いつまでもずっと、気が済むまで見上げ続けていたかったが、慌ただしくガスパチョを飲まされ、バスに乗り込むしかなかった。ほぼほぼトイレ休憩だった。

#行った国行ってみたい国

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