断捨離

不要になった物を捨てることが昨今では多く言われているように感じる。
計画による大量生産によって物が溢れた結果、本当に今必要で大切なモノが何であるか分からなくなってしまった人も数多くいるからだ。
その為、物を捨てて片付けていくことによって、これだけは捨てられないとなった最後の最後まで残った本当に大切なモノが見えてくることもある。

ただ、一方で物を捨てないという選択肢もある。
これは物を大切にするということでもある。
物を作った人が居て、その人が作った物を大切に扱うことは人を大切に扱う事と同意である。

物に溢れていて本当に大切なモノが見えなくなってしまっているならば捨てるのも良い。ただ、その際にやはり大事になってくるのはなるべく物を活かすこと。
組み合わせたり直す手間によって蘇らせても良いし、ただ捨てるよりも誰か必要な人の手に渡すのも良いだろう。そしてそれらが困難であったりする場合なら捨てる際には感謝の気持ちを忘れないことではないだろうか。

捨てることをただ推奨する人がいる。
古いものを捨てさえすれば新しいものが入ってくるのだと語る人が居る。

でもただ捨ててしまうのであればそれに関わった人達の心を多少なりと踏み躙ってしまうことにもなる。
人の気持ちを踏み躙っておいて空いた空間にただ新しい何かを求める。
それが自分に対する本当の愛情なのだろうか?

捨てる前にやれることはないのか、誰か他に必要としている人はいないのか、そして捨てるにしても有難うと、時にはその物を一度は手にしたものの違っていたことに関しての謝りの気持ちも添えてモノと別れるのが物に対する愛情であり、そのモノを生み出す自分に対する愛情でもあるのではないだろうか。

計画による大量生産は捨てられてしまう分を大切にしない気持ちが問題視されている。そして人は作り過ぎたからもう要らないと、余分だと切り捨てられることを恐れている。
モノに溢れたからただ捨てるのであれば、大量生産の問題点を全く無視したまま同じことをしているだけに過ぎないことを忘れない方が良い。

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