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好きな人の腕の中で泡になりたい 『ゆれる人魚』

恋人が寝静まったころ、ベッドでとなりに寝転んでぬくぬくの毛布を半分うばって、Netflixを観るのにハマっている。

なんせ恋人と毛布は暖かくてココアのようで、ちょっと怖い映画でも優しい気持ちで観ることができる。

今回は『ゆれる人魚』を観ました。

あらすじ
1980年代、共産主義下のポーランド。海から現れたのは人魚の美人姉妹で、ワルシャワのナイトクラブにたどり着いた。姉妹はナイトクラブで歌を歌い、人魚に変身する姿を見せて一躍スターになる。しかしある日、姉がひとりの青年に恋をすることで事態は急変するのであった。

人魚映画が好きな私は過去にも何作か観ているけど、歴代最長のしっぽの長さ!(笑)
この映画はとにかく、しっぽがグロいとか、魚じゃんとかヴィジュアルに対する酷評をよく聞くけど、実際観るとそんなに嫌悪感はない…と思う。

そもそも”魚の匂い”が彼女たちの存在を感じさせるキーワードになっているし、魚のしっぽちゃんに女性器があって、魚ver.じゃないとそういうことできないシーンもあって、とにかく姉妹を魚なんだぞ!と強調する作品ではある。実際セリフでも姉妹はサカナ呼ばわりされてたし。あんなに可愛いけど、なんというか言い得て妙だ。

スターの人魚姉妹であり、ただのサカナである彼女たちの扱われ方は、ちやほやされる少女性と使い捨てられる少女性そのもの。苦しいね。

ちなみに他の人魚に目を向けると、ロン・ハワードの監督した『スプラッシュ』(1984)の人魚はこんな感じ。

きんぎょ…!

ではなく、ブロンドの大人の女性。作風がまるきり違うけれど、人魚の描き方も多種多様なのである。

こちらの人魚はかわいい無垢な人魚じゃないんだぞ。無知だけど、牙があるのだぞ。その狂気が後半から映画の展開を強引に海の底に引きずってくれる。

この作品の前半半分くらいまではポップでカラフルなミュージカルなの。音楽は、ポーランドの姉妹「Ballady i Romanse」が手がけているそう。MVみたいなカメラワークと美術は必見の可愛さ!音楽もノリノリでテクノっぽくて最高。サントラゲットしました。

オープニングにはアレクサンドラ・ヴァリシェツカのアニメーションが使用されていて、その絶妙なグロとキュートのはざまも見所。

ドクロの中を人魚がゆうゆう泳ぐヴィジュアルはダークファンタジーの導入としてあまりにそそる。

陸に上がりたての姉妹はガブガブのセットアップ着てニタニタしてて可愛いし、ショッピングや歌やイケメンにうつつぬかしててとにかく気分もアガる作品なの。

だけど後半は一転、だいぶホラー。

後半からは人の親指喰いちぎったり、いつのまにか人食べちゃったり、闇外科のとこに駆け込んでしっぽ切って人間になる手術受けたり、ワオ!て感じ。血なまぐさいほうにシフトチェンジする勢いすごい…。それでも忘れないミュージカル精神もまたすごい…!

この世界では、手術で人間になれる世界線らしく、トリトンといういかにもヤヴァイ見た目の男の人もツノを切り落として人間界に居座っている。

そのハチャメチャな世界線がやっぱりミュージカルに昇華されて、B級ホラー独特のキッチュな可愛さをうんでたりもするので、すごくエンターテイメントな良さも持ち合わせているなと思った。この感じ好きだったら、『ロッキー・ホラー・ショー』(1975)とか『ファントム・オブ・パラダイス』(1974)とかも好きだと思う。

こういうロマンチックで永遠に映画シーンに愛される水中撮影もある。

ダメよ、シーっ。(『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017))

そして、狂気を孕んだ人魚が陸にきたというエピソードと共に、主題で語られるのはやっぱり姉のラブストーリーなんだけど、なかなかうまくいかないのに健気で愛しい。少女が女性になる過程にイケメンはつきもの。カクテルとオリーブさながらの関係性なわけ。

人魚の割に軽率にイケメンに走る。そしてこのナヨナヨしたイケメンはサカナはちょっと…とか、傷口の血がちょっと…て感じで全然恋が進展しない。

---------以下ネタバレ--------


そして最後には結局違う女と結婚してしまうのだ。
『人魚姫』の童話に則した本作は、結ばれない姉は泡になって消えてしまう。

その姉の泡っぷりが本当に真っ白な泡で、真っ白な衣装の真っ白な髪のイケメンの腕の中で真っ白な泡になって消えていく。

周りの登場人物もみんな白が基調の衣装で、その壮大なロマンチックさはやっぱり童話の世界観をリファレンスにしてるだけあるなあという感じ。ホラーにするには勿体無い優美。朝靄の白、船の白、プラチナブロンドの美少年!

そして最後は姉の恋が成就しないことにキレた妹によって、真っ白な世界は赤に血塗られていく。

というお話でした。

---------ネタバレ部分おわり--------**

一貫して描かれているのは少女が女性として大人になっていく様子であり、人魚姉妹のにおいとか性器もまたその象徴である。性的なことに関心や嫌悪を感じさせるシーンもあるし、姉妹の対比とか言い出したらキリないけれど。ただ私は、この作品にある成長を簡単に終わらせたくない気持ちではあったなあ。

女の子が世界でどう扱われているのかが、この作品には描かれているんだよね。特にダークサイド。そう思って観ると、かつて”女の子”だった自分がいかに平和で守られて生きてきたかを実感するし、今もなお世界で傷つく女の子を誰も助けられない自分に歯がゆさも感じる。

ただ、恋に破れる苦しみとか、楽しいと思い込んでいたものが想像以上にチープだったりとか、思わぬがっかりに傷つく少女心は誰でも通ってきたものだし、ぜひ体感して心の中の少女を解き放って欲しい。

この作品が映画である以上、この世界観に毒がなかったら、ここまで魅力的にならなかったのだろうな。

今日、食べていたハーシーズのチョコレート菓子が、やっぱり塩が入っていて、その方が甘く感じて美味しいし。そういう微々たる工夫が、物事を最良にするのだと思ったね。

nana

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