要約:「ハッカーと画家」 Paul Graham

ハッカーと画家

 どうやらハッキングと絵を描くことは全然違うものだと思われているらしい。ハッキングは冷たく精密で、絵を描くことは衝動に基づく表現行為だ、なんていう風に。

 そのイメージはどちらも正しくない。私が知っているあらゆる種類の人々のうちで、ハッカーと画家が一番よく似ている。ハッカーも画家もやろうとしていることは、良いものを創るということだ。

 ダヴィンチは、「ジネヴラ・ベンチの肖像」で人物の背後に設置した灌木の葉を一枚一枚注意深く描いた。他の画家だったら、誰もそんなところに注意を払わないだろうという点だ。偉大なハッカーが創るソフトウェアについても同様のことが見られる。彼のソフトウェアでは、誰も見ていないようなところでさえ美しく書かれている。偉大なソフトウェアは偉大な絵と同じように、美に対する熱狂的な没頭を必要とする。

 ハッカーが単なる実装者で、仕様をコードに置き換えているだけなら、溝を掘る作業者みたいに端から端まで順番に仕上げていけば良い。しかしハッカーが創造者であり、閃きの存在を考えなければいけない。ハッキングも絵を書くことも、それ以外何も考えられなくなる周期が、時として訪れる。

 絵を描くことは、絵を描きながら学ぶ。ハッキングも同じだ。大抵のハッカーは、大学のプログラミングコースを履修してハッキングを学ぶのではない。13歳の頃から自分でプログラムを書くことによって学ぶのだ。

 画家が偉大な仕事を成すには、人間に対する共感能力が必要だ。それはハッカーについても同じことが言える。その有無は、「良いハッカー」と「偉大なハッカー」の分水嶺となる。ハッカーの中には、非常に賢いが人々に共感できないという人種がいる。彼らが偉大なソフトウェアをデザインすることは難しいだろう。それは彼ら以外の誰かのためのものなのだから。


富のつくりかた

 富はお金と同義ではない。富はもっと根本的なものだ。富とは、私たちが欲しがるもの、食物、衣料、住居、そういったものだ。

 富こそが欲しいものであって、お金ではない。お金は富との交換媒体でしかない。けれどもいつからか人は、富を求めるのではなくお金を稼ぐことばかりに夢中になってしまった。

 驚くほど多くの人が、世界には限られた富しかないという考えを持ち続けている。政治家はよくこう言う。「パイを大きくすることはできない」貯金の金額とか、政府の税収とかについて言えば、それは真実だ。けれどもここでのパイについての認識は、間違いだ。お金は富ではない。パイとは富だ。そして、富は作り出すことができる。ボロボロの車を直してみよう。その時、パイは拡大する。


測定と梃子

 裕福になるには、2つの環境を整えなければならない。測定と梃子だ。まず、自分の生産性が測れる地位につかなければならない。また、あなたの決定が大きな効果を持つようなところに行かなければならない。

 個人の仕事の価値を正確に評価することなんてできない。けれども近いことはできる。小さなグループによる仕事の価値は測れるんだ。10人しかいないベンチャー企業における各人の努力は、10倍くらいの係数で測定できる。

 技術とは手法だ。何かを行う際の方法だ。それは魚ではなく釣竿だ。他のみんなが同じ方法を使うことで、その価値は人数分増えることになる。料理人は卵を一つずつ炒めるが、その炒め方を開発すれば全ての料理人が進歩する。これが梃子だ。

 歴史を見れば、富を創ることで裕福になった人々の多くは、新しい技術を創ることでそうしたとわかる。卵を素早く炒めるだけでは不十分なんだ。

 スポーツ選手やCEOはしばしば、平均の100倍以上の年収を受け取っている。時としてそのあり方は批判の対象となる。彼は僕の100倍の価値があると言うのか?では、彼を雇う人は、彼を雇う代わりに並みの人間を100人雇うことを選択するだろうか。しないだろう。CEOやスポーツ選手は、普通の人々のたかだか10倍程度の生産性を技能や覚悟を持っているだけかもしれない。ただ、それが一人の人間の中に凝縮されていると言う事実が、彼らの価値を100倍に押し上げるのだ。


デザイン

 良いデザインは単純である。

 良いデザインは正しい問題を解決する。

 良いデザインは想像力を喚起する。

 良いデザインを創るのは難しい。

 良いデザインは簡単に見える。

 良いデザインは自然に似る。


//肯定

 比べて考えられることがまずないだろう、ハッカーと画家と言うテーマで行われる考察は面白い。いざ考えて見れば、ハッカーの創作姿勢と画家のそれには近しいものがあると言うのも頷ける気がする(私の中のハッカーのイメージと画家のイメージについて言えば、だが)。単なる共通項の話ではなく、それが美の追求と言う点で結びついているというのは、私の中では無かった視座からの考え。

 また表題のテーマ以外のことでも興味深いテーマが多く述べられている。特に富についての論。お金を稼ぐのではなく富を作り出すという方向性は、機会の無い人は一生意識しないことだろう。一つ上の視点を得た気分。


//批判

 ハッカーと画家を比較しながらも、そこにある共通点は創作を行う全ての職業について言える事柄のようにも感じる。もう少し、ハッカーと画家の強い結びつきについての言及が欲しかった。加えて言えば、説明論理の結びつきについても、強固なものを感じなかった。穿って見れば、本当に似ているか?と言えなくも無い。

 面白いテーマがあった反面、あまり興味のそそられなかったテーマも多い。筆者の好きなプログラミング言語、筆者の作り上げたソフトウェアの苦労話。ハッカーとしての筆者に興味があればそれらは興味深いテーマであろうが、表題に引かれた読者にとってはあまりそそられないテーマなのでは無いだろうか。


//メモ

・多くの学校が刑務所と化している。生徒も教師も、決まった動きを機械的に繰り返しているに過ぎない。

・醜い回答と独創的な回答には共通点がある。両方ともルールを破っているという点だ。ガムテープでバイクを直すことと、ユークリッド空間を捨て去ることは、一続きのスペクトルの両端にある。

・階段を駆け上がれ。太ったいじめっ子に追いかけられて階段の目の前に到達した時、あなたはどうするか。多分いじめっ子は、あなたと同じスピードで階段を降りられる。しかし階段を登ることは、あなたにとっても苦しいが、相手にとってはもっと苦しい。

・ほんの2−3の規則で、ほとんどのスパムメールは捕まえられる。けれども最後の数パーセントを捕まえるのはとても大変な作業だ。規則を厳しくすればするほど、誤検出もまた増えていく。

・数学者は良い仕事のことを「美しい」と表現する。




 

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