見出し画像

「苦手だから」が理由なら、自らの手で逃げ道を無くそう。

怯えてるんだ、まだあの傷の痕を癒せずにいるんだね、と自分と対話していた。
半分は自分に共感しながらの会話であって、あとは「まだ怯えてるの?」というふうな不思議な目だった。

反射的に逸らしたその目は、ときとして人を傷つけるかもしれない。「苦手だからしゃあないやん」を理解してくれる人と、目に見えない苦手なことを理解しづらい人達にわたしが贈る言葉。拙いながらも届いているといいな。

人と目を合わせながら会話をするってことが幼かったわたしには「何で?」だった。

声は耳で聞こえてるし、トーンで相手の心の声もわかる。何で顔を見なきゃいけないんだろう?
って。今なら「怖いから」という言い訳から逃げたかった…と。いい逃げ道ー 言い訳を探してた。

それもわかるよ、と自分に言ってあげられるけど、きっと、声が聞こえてたとして相手に何かわたしが言葉を発したとて相手は納得してくれないだろう。

心はそんなに単純なものじゃないんだから。と、わたしの分身は現実世界のわたしを庇ってくれる。

「わたし」という人間を受け止めてもくれてる。
それがアイコンタクトであり話の隙間を埋める相槌であり、非言語コミュニケーションで…まだまだほかにもたくさんあるけど、形にできないものほど「コミュニケーション」として分類されてるって思う。

その形にならない「コミュニケーション」をどうやって「形」にしようか、といっとき考えたこともあったし全ての声や思いを見える形にできるなら、どんなにいいだろうとも感じた。

でも、声にならなかったり思いだけだったり、何らかの「形」にできないからこそ「伝えたい」になるときだってあるんじゃないか。
わたしが常に抱えてたもどかしさの正体は、非言語の部分だったんだ、って気づいた。

涙を流せなくても「悔しいよ」って伝えてくれる人がいるような、言葉を使うことで頭のなかで考えてることの考えや意見が零れ落ちてしまうような、そんな感覚。  

声が出て、思いを発せる代わりに
見えないものが零れ落ちてていくようで、伝えたいものがうまく伝わってないもどかしさ。
声が相手の耳に届く代わりに、「気持ち」は充分に満たせるほど相手に伝えることができているのだろうか。と、言葉にしないからこそ伝わる力のほうが大きいと感じ始めていたんだ。


そういえば…過去にもう、ほとんどベースが同じものを書いてたみたい。
結局は苦い思い出もいい思い出も、一周回って帰ってくるんだね。

わたしみたいに一度でも信じていた人に裏切られた経験があるとか、「どうしてそんなことができるの?」と問いたくなるようなことを真っ向からされた経験のある人なら、わざわざこちらから心を開く必要なんかない、ってビクビクしてしまったり相手のことを信じようにも怖さが先立ってしまうことがあったり、相手に調子を合わせてみてはいるけど内心どう思ってるかわからない怖さがあるとか、いろいろだと思う。

でも、始めっから「こんな人はどうせ心を閉ざす」と決めつけられたらどうだろう。
「リスタートしてみてもいいかも」「もう一度だけ、信じてみようかな?」

「過去は拭えないままだけど、もう一度やり直してみよう」と思いかけてたわたしの心をガラスがパリン…と力なく割れるように音を立て砕けていくかもしれない。

表面上は変わったように見えていても、怖がりな一面は、何にも変わってない。

でも、自分のなかを変えたいと願う自分もいて厄介だ。どうなりたいのかわからなくて周りと比べて焦ってしまう。

苦手なことが得意にならなくても、せめて人並みには…というようなことが自分を自覚なくゆっくりと追い詰めていく。
わたしは、今一番それが怖い。

でも、治したいことは山程ある。
いつもその狭間で、悶々として答え探しの旅に出るけど結局は、さ。

「いつもみんなと同じ」である必要なんてどっこにもなくて、自分らしくあればいい話なんだけど。それが難しいからこうしてわたしは「らしく」あれる場所に帰ってきたの。

苦手なことを放っとけなくて、
でも苦手だと自分で自覚している分直さないでいたいような…複雑な気持ちなんです笑

「人」
「環境」
「関わり」
がうまくマッチングしてなくて
わたしに寄り添ってくれていた人達にピリピリとした空気を漂わせてたあのころ。
思い出すだけで申し訳なくなってくるし、煮詰めてるときのキャラメルのように、苦い思い出でもあるんだ。

なんで? と自分に問い返したくなる気持ちも高まる。

苦手なものは一切の排除、
先生や友達もちょっと、そのときは特殊で何に対しても緊張やピリピリしている空気、「空気を読まない発言をしたらどうなるかわかってる?」とでもいうような無言の圧力があったんだ。

更に、得意なことだけをこれから先ずっと。というような空気をわたしなりにそのころ感じていたのかも。苦手はあるべきじゃない、という学校や先生の考えがわたしは、ずーっと苦手だった。

でも、これからのわたしは
変わっていけるよと
タイムマシンがあってもし過去に戻れるのなら
小さな身体で耐えてたわたしに言うだろう。
「大丈夫、大丈夫。
何日も朝日が見えないなんて日はなかったはずだから、あなたの人生も同じだよ」と。
そしたらきっと、前向いて顔を晴れやかにして歩いていけるんだろう。

#自分の物語 #中学校のときの思い出
#助けてほしかった #苦しい #でももう過去
#今は眩しい #遮光カーテンがいるね
#言葉を紡ぐ  


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?