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心の扉を開くのは自分からだとしても、合鍵はあなたが持っていて。

人とのコミュニケーション取るのが難しい。
目を見て話をしなさい、とかよく言われてきたし、ボンヤリとなら見れるようにはなったけど。でも怖さは未だにあるし何かぎこちない話し方になってしまう。つっかえて話すわたしの言葉や心のド真中は、果たして届いてるのかななんて思ってしまうことも。でも、最近わたしは気づいたことがある。

心の扉を開くのはいつだって自分からでなきゃ相手もズカズカと土足でわたしの心に触れてこられない」ってこと。

わたしが正しさや自分ルールにこだわって、相手のことを無意識的に傷つけて、相手に心の傷を負わせていたとしたら。って、考えても心は目に見えないんだけど、「許す」こと、「正しさにこだわらない」ことが相手にとって心地いいのかもしれない。

最近になってちょっとずつ、考え方や自分の行動の仕方、相手にとっても自分にとっても気持ちのいいwin-winの関係って、どうやったら築けるのかな? と相手に気を遣いながら、自分がしんどくならない範囲で人間関係を改めることができた んじゃないのかな。(知らんけど)

でも、前よりは正しさー 自分ルールとやらが少なくなったのもまた事実。

人間なんだもん、自分ひとりで生きていくなんてことは絶対に無理だし必要最低限だとしても誰かと関わらなきゃいけない。

ってなったときに、わたしから心の扉を開くのももちろんそうしたいし、必要なことなんだけど、
その合鍵はあなたが持っていてくれたら、いつでも遊びに来て貰えるでしょ?

ダメかなぁ…?
自信なさげに筆を取ってみたものの、心の声を見える形にできただけでもスッキリする頭のなかはぐちゃぐちゃな収納庫を仕分けした後みたいに整理整頓できていたんだ。

だから、自分で自分の課題は片づけることができても、周りに助けを求める声を「恥ずかしい」なんて思わないこと、本当に叫びたいくらいの気持ちでいっぱいいっぱいになるまでそもそも溜め込まないこと、溜めて溜めて爆発寸前まできたその瞬間まで自分の気持ちに蓋をしないってこと、わたしが抱える今の課題なんだ。

どれも得意ではないけれど、だからと言って放っておくわけにもいくまい。って、第三者目線からツッコミを入れてみたら段々、ニヤって笑けてくる自分もいる。

自分の主観だけじゃない、誰かの目線になることで結構自分と対話できて多方面の意見が、自分オンリーで知れる不思議な感覚。面白い。

そんな思いがありつつも、自分の信念は曲げられないという変な気持ちのときに書いたこの記事は、あなたの目にはどう映っているんだろう?

まあ、いずれにせよわたしがあなたのnoteに遊びに行きたいときに行けるように、あなたにもわたしはいつだって、来てほしい。
そのためにも、合鍵をチャリン🔑
見えない鍵が繋がりとなって、また自分から心のカーテンを開こうかな、太陽光浴びて光合成しようかなって思えるの。☀️

だから、わたしのnoteはいつでも本心を書く。
いいことも悪いことも、反省点も嬉しいことも全部、わたしが書きたいものだけを書いていく。
そこから、小さなストーリーが生まれてくるはずだから。

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