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【父が不倫した】お弁当(vol.6)

私が中学生の頃だったか、当時小学生だった弟が遠足か何かでお弁当だった日があって、帰宅してから友達のお弁当がうらやましかったという話をし始めた。

うちの両親は共働きで、毎日朝から慌ただしく、しかも当時の母はあまり料理が得意ではなかった(後に調理の仕事に就いて、今では職業料理人)。

そのためだったのか、むしろ私たちが喜んだからだったか定かではないが、冷凍食品だらけでまっ茶色のお弁当に、ある日突然弟が不満をもらしたのだ。

私もまた、お弁当箱パンパンに焼きそばが詰められていたり(2段目は白米パンパン)、ある時は汁入りでおでんが詰められていてカバンが大変なことになったり、それはそれで笑ってしまうような話ではあったのだけど 、その時は弟に味方した。

すると、一連の会話を聞いていた父親が、突然キレた。

「何文句言ってんだよ!!おらぁ!ふざんけんじゃねーぞ!」

言い終わらないうちに、ビールの空き缶が飛んできた。弟にではなく、私に。

そのあとの記憶は曖昧で、ハッキリとは覚えていない。ただ確かなのは、怒られたのは弟ではなく私で、平手打ちされた瞬間だけは鮮明に浮かんでくる。

「やっぱり弟は怒られない。この人は私のことが嫌いで、何かにつけて私を殴りたいんだ」

またひとつ、「自分の身を守るために避けること」リストに、「母の作った食べ物に文句を言う」が加わった。

いやもちろん、母が忙しい中頑張って作ってくれたのはわかっていたし、申し訳ないなという気持ちもあった。母の料理は大雑把だったけど、「食べさせたい」という愛情は存分に込められていることもちゃんと感じていた。

でもこの時から、誰かが私のためだけに作ってくれるお弁当は苦手になった。もしそこに私が食べられないものが入っていても、誰かが私のために作ったんだとしたら、文句が言えなくなる。「これ食べられないんだ」、そのひと言が言えないストレスと、「おいしかった」と素直に思えなかったら?と思うプレッシャーが、苦手意識として固まった。

父親の不倫が発覚し、最初に私の感情をかき乱したのは、奴が不倫相手の女性にお弁当を作ってもらっていたということだった。その代わり、それまで母が作っていたお弁当を「必要ない」と言うようになっていて、夕食にたびたび文句を言っていたことも知った。

父が不倫相手からお弁当をもらって出勤していたのは木曜日と日曜日。ほぼ毎週だった。この日は女性の仕事が休みの日だったのだ(相手がわかった時点で、その職場もすぐにわかった)。もはやそれはルーチン化している父の生活の一部で、父の体を構成するものになっていた。

母の作ったお弁当にちょっと文句を言った子供たちと、母のお弁当よりも不倫相手のお弁当を求め、毎週出勤前と帰宅前に逢瀬を重ねていた父。果たしてどちらが母を侮辱しているいえるだろうか。

今、ひとりの妻となった自分には、夫の体が自分以外の女性(互いの母親を除いて)が作った食事で構成されていくことなど耐えられない。私もまたまめに料理をするほうでもなく、外食することも少なくないがそれでも、「手料理」だとか「お弁当」については、私以外が「彼のためだけに」作るものを食べてほしくはない。食べたものがそのまま、その人を生かすエネルギーになってしまうから。

父と不倫相手をつなぐお弁当の存在を知ってから、私は時々こんな夢を見るようになった。甘くもしょっぱくもなくて、なんとも微妙な玉子焼きだけがおかずのお弁当。毎日毎日、お昼になると楽しみに蓋をあけるのに、あけたら絶対その玉子焼き弁当でがっかりする。私は仕方なく、そこに大量にケチャップをかけて、味をごまかしながら食べる。ああ、母の玉子焼きだなぁと思って目が覚める。

もしいつか、夫か子供にお弁当を作ることがあっても、私のお弁当に玉子焼きが入ることはないだろう。私はいまだに、甘いのが好きなのか、しょっぱいのが好きなのか、判断もつかない。

しかし父はハッキリと、甘い蜜入りの玉子焼きを生きるエネルギーにしたようだった。


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