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読書「銃(同時収録「火」)」を読みました。

中村文則著 河出文庫
2002年 「銃」で第34回新潮新人賞を受賞
2005年 「土の中の子供」で第133回芥川賞受賞

長らく日本の純文学的な小説を読んでいなかったのに、突然読みたくなって、自分でも興味が持てそうな本を読んでみることにした第三弾。

久々に大きな書店に行ったら、「銃」と一文字書かれた白地に黄色と黒の色調の表紙が視界に飛び込んできた。ちょうど某球団の38年ぶりの「アレ」で世の中が湧いていたので、黄色と黒の組み合わせに目が引かれる時期だったのかもしれない。
お恥ずかしながら作者の方のお名前も本のタイトルも全く知らなかったので、そのまま通り過ぎた。だが、その後、一文字のタイトルと白と黄色と黒の表紙が頭から離れなくなった。暫くして、近くに行く用事があったので、再び書店に寄った。ただ、レジに持って行こうと手に取ったら、実際には黄色は宣伝の帯で、表紙自体は白地に色を抑えたイラストだった。

主人公は男子大学生。コンパに誘ってくれる友人も、寝てくれる子もいて、彼女候補もいるという、それなりに充実した主人公が拳銃を拾うという話し。物語りは、主人公の感情で緻密に綴られていく。
最初の方に、マリナーズにいるイチロー選手のニュースが流れているシーンがあって、思いのほか前の作品なのだなと驚いたが、それ以外はいつの頃というのも気にならなかった。
冒頭の文章でなぜかやや不安を感じ、実は全部幻想または夢というパターンはちょっと嫌だなと思ったが、すぐに割と現実的な拳銃の入手のシーンが続いてほっとした。(そこに安堵するのがいいかどうかはわからないが)後でもう一度読んだら、別に不安になるようなことではなかったのだが、読み取り能力の不足からそう感じてしまったらしい。

主人公は、通常ではあり得ない物を手に入れた状況に戸惑うこと無く、むしろ一人高揚感を募らせていく。だが、それで復讐や世の中の変革を起こそうと企むのでは無く、大事に仕舞って磨いたり眺めたりして、まるで宝物を拾った子供のようなのだ。
また、その頃の大学生の雰囲気がよく表現されているのだとは思うのだが、主人公の性格が捉えどころがなくて、どう掴んでいいのかわからない。同時に、そんな感じで進んでいく話しのどこか面白いのかイマイチ自分にはわからない。
やっぱり自分にはブンガクは理解出来ないのだろうと思い始めた頃、ふと、別段目的のない捉えどころのない青年がこの鉄の塊を手にいれたことが、この作品の面白さなのかもと気がついた。そこからは、彼がこれからどうするのか興味を持って読み進めることができた。

また、捉えどころがない人物像と対比するように、銃については形や見た目の美しさや機能などが細かく書かれている。確かに、ちゃんとした形が決まっていて、何に使うかはっきりしている鉄の塊に比べると、人間は外見も均一で無いし、各々が何のために存在しているかもはっきりしていない。そう考えるとこの小説の主人公が捉えどころがないように感じるのも当たり前のことかもしれない。
だが次第に、主人公が拳銃という物にのめり込んでいくうちに、彼の内面や少し特殊な生い立ちも見えてきて、だんだん人物像がはっきりしてくるのは皮肉な感じがした。
非日常を手に入れたことで、彼の表向き穏やかだった日常が少しずつ崩れていくが、彼が最初から破滅というものを抱え込んでいたのか、それともそれを拾ったせいでそうなったのかはわからない。
その頃には、すっかり主人公に肩入れして、彼が捕まってしまうのではないかと不安になりながら読んでいた。もちろん、それが正しく、彼の未来にとってもいいことだと分かっていてもである。

そして、物語りのラスト。そうなって欲しくないと思っていた、さらに予想の上を行くラストが待ち受けていた。
結末のシーンに行くまで、ザリガニや黒猫のグロいとも言える残酷な描写もあったが、ラストの鮮明な描写にも驚かされた。
ザリガニや猫はまだしも(もちろんこれも想像の産物であることを願う)どう考えても、それは見たことがない状況だと思うのだが、それを言葉で表現してあることに、ただただ圧倒された。
ただ、話の筋に気を取られていたが、主人公の目を通した風景、特に日が暮れていく情景の美しい描写なども繊細に描かれていたことも思い出した。
プロの作家さんに対して素人の自分が申しあげることではないけれど、言葉による表現力がとても優れているのだと思う。
また、作中はずっと「拳銃」と書かれているのに、本の題名が「銃」一文字なのにもなぜかやられたという感じがした。

同時収録の「火」は『新潮』2007年九月号に掲載された作品だという。
受賞した新潮社さんから刊行されたときは、表題作のみだったようだがこの河出書房新社さんの文庫には、こちらの作品も収録されている。単行本未収録とあるので、少し得をした感じがした。
作品は、ひたすら主人公の独白が続いていくもの。内容は面白いと言えるような単純な作品ではないが、そのまま読めてしまう勢いがある。
もちろん文章の巧みさもあると思うが、表題作にしろこの作品にしろ、やや一般的でない題材を違和感なく読ませてしまうところが魅力の一つなのだろうと思った。

さらに一番驚いたのは、一晩寝て翌朝目覚め、布団の中でうつらうつらと読み終わったこの本を思い出して、ごく自然に他の作品も読んでみたいと思ったことだ。
本の終わりに、文庫解説に変えてということで両作品の解説を作家さんご自身が書かれているが、その中で作家さんご自身も後味の悪い作品とおっしゃっているように、残酷でグロいシーンもあって確かに読後の印象が良いものとは言いがたい。それでも、他の作品も読んでみたいと感じるさせる何かがあるのだ。
表題作の作中で登場する刑事さんが他の作品の登場人物のキャラの下地になっていることが解説で書かれていたので、今度はそれを読んでみようかなと思った。またきっと考えもつかなかった話を突きつけられて、驚くことになるとは思うけれど。

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