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想いと戯れて。

ここ数日で、自分の中のたくさんの想いに気がつきます。たまに飲み込まれそうになります。

そうか、飲み込まれそうになっているのか。

一つの想いにフォーカスを当てすぎて、なぜ、どうして、と問いをやめられない。それも意味のあることだけど、やっぱり過ぎたるは及ばざるが如し、やりすぎは正直時間の浪費ともいえるかもしれない。

…という考えに至るような時間を過ごしました。一つの想いにフォーカスを当ててしまうのは、まるでねこがねこじゃらしにじゃれているのにとてもよく似ていて、本能をくすぐるねこじゃらしのような「自分の想い」を察知すると、それに執拗にじゃれてしまうのだなあと思いました。

今日のその時間はネガティブの沼に入りかける感じで、そちらに突き進んでも今はあまり益がないなと思い直して、こんなふうに文字を書くことで落ち着いています。

そんな最近の自分の傾向がわかってよかったな〜と思いながら、今日あったうれしいと思える出来事を書いてみようと思います。

ひとつはこういった文章を書くモチベーションが上がるような出来事です。ここに書くのも別に無理にモチベーション上げて書いているわけではないのですが、今はただ目標もなくどういった表現がしたいかもなく、ただ浮かんでくることばを綴っているだけです。それでもいいのですが、今日仕事で出会ったとあるエッセイを読んで、こういう表現いいな〜と触発されました。それがすごく良かったです。今日のこのブログには全く活かされてませんが!!

その方のエッセイは旅を記したもので、私はそれを読んでいて本当に心地が良かったし、自分もそういうことをしたい!ととても強く思いました。そんな気持ちは久しぶりでとても良かったです。やっぱり旅とか文章を綴るとか、そういったことは好きなようです。

もうひとつは、今週末にある自分が企画したグループトークのための下準備として、自分が思い入れた音楽を聴く時間がありました。久々にその楽曲を聞いたんですが、当時のことを思い出すと同時に、その曲が好きだった自分をまた少し距離の空いた場所から眺めている感じがしておもしろかったです。

その音楽が好きだったころ、私はとても小さく安全な部屋の中にいました。今もそういう場所を好む傾向はあると思いますが、その頃の自分を見て、その場所はなんと小さく、なんと世間から隔絶されていて、なんとその場所を愛し過ぎていたか、そういったことを感じました。やっぱりわたしはいつでもバランスの取り方がへたくそです。それをやんわりと思えて、なんとなくいい心地でした。

そして、今もう一ついいことがありました。それは、ここにこういうふうにして文章を書いていることです。前よりもことばがまとまってきた感じがありますし、かといって以前みたいに狭い部屋にこもっている感も薄れています(当社比)。そして、これからもっと自分のことを書いていけそうだという希望も感じています。自分の中の隠そうとしていたことも、笑い話にして外に出してしまえそうな、そんな予感。この感覚で続けていきたいです。

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