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読み物ののどごし。作品の歯ごたえ。

人のブログやエッセイを読む機会が増えてきた頃から、読み物には総じて『のどごし』があると感じるようになった。

ブログや日記に関わらず、例えば私は星占いを読みに行くのが好きで、

ものの数行で完結してしまう占いよりも、その占い特有の雰囲気を持った、長く丁寧な文章の占いを読むのが、個人的には好きだったりする。

お名前をあげるとするならば、しいたけ.さん、石井ゆかりさん、真木あかりさん など。

本当はもっといるんだけど、一先ずこのお三方を取り上げさせていただくと

しいたけ.さんの文章にはお粥

石井ゆかりさんの文章にはほうじ茶

真木あかりさんの文章にはウィダーインゼリーみたいなのどごしを感じています。(完全に個人の感想です。)

特にしいたけ.さんに関しては以前、

「元気が出ない時は焼き肉を食ってパーッとやろうぜ!というタイプの人より、元気が出ない時はお粥を食べてゆっくり過ごしたいというタイプの人に向けて僕は占いをしている」

みたいな事をご本人がどこかで仰っていたので(ニュアンスが違ってたらごめんなさい)、

その言葉が先入観になって、「確かにお粥っぽいなぁ」と思っている部分があるのかもしれないけれど

でも、「トロッとして温かい文章」という感覚に偽りはないので、

とりあえずここでは「しいたけ.さんの文章はお粥」と。そう書かせてもらいました。

この三人の占い師さんの特徴は「身体に優しい文章を綴っている」ということ。

こちらの背中を押してくれる文章というよりは、倒れないように支えてくれる文章、

あるいは倒れる前に安全な場所で座らせてくれる文章。

その優しさに触れたいという理由で占いを読みに行っている。

だから正確に言うと『占いを読む』というよりも、『文章を飲む』という感覚で私自身は占いに触れていて、

当たるか当たらないか以上に、読んでいてホッとするかどうかを占いには求めているような気がしている。

ただ、

例えば私たちのような漫画描きなどは、『優しいのどごしの物』を描くだけでは読者さんを満たす事ができない。

その事を私に強く突き付けてくれたのは、これまた星占いをしている方の文章でした。

isuta(イスタ)というサイトで長い間、週間占いを続けているSUGARさんという方がいます。

この方の2018年3月の週間占いの文章が、読んだ当時から妙に胸に焼き付いているので、

ここでちょっと引用させていただこうと思います。


分かりやすい説明などしなくてよい
「本当に頭の良い人は何でも分かりやすく説明するものだ」と言えば、近頃はどんな勉強不足も許される風潮があります。ですが、そんな馬鹿を言ってもらっちゃ困るってものです。
人間的なものであれ知的なものであれ、実のあるやり取りというのは、双方に適度な緊張感や負荷があって初めて成立するもの。
優しく噛み砕かれた説明も、前提として噛み砕きがいのある“歯ごたえ”ある中身や、そういうものと苦闘する期間があればこそ効いてくるのであって、最初から離乳食ばかり要求するような人は幼児退行しているのと一緒なのです。
今週は内面にあるものへの気遣いをしていくのも大事ですが、同時に、自分が普段から扱いやすい人間ばかり相手にしていないかどうか、よくよく注意していくことも忘れずに。

(2018年03月05日~03月11日のふたご座の週間占いです。実際の記事のリンクはコチラ。)


歯ごたえ。

二十歳くらいの時の話をしたいんですが、スクエアエニックスの編集者さんにネームを提出した際

「こんなに細かく説明しなくても、読者さんは理解できます」という指摘を受けた事があって

でも当時の私は、その加減がまるで分からなかった。

「できるだけ解りやすく描かなければ読んでもらえないだろうに」

「説明文を使い過ぎずに理解してもらうためにはどうしたらいいんだろう」

そうやって自分の考えた無茶な世界観の漫画を、あーでもないこーでもないとこねくり回して、堂々巡りしていました。

でも、

『解りやすいだけの漫画』に時間を費やす人などいないのです。

求められているのは大抵カタルシスだから。

そしてそのカタルシスの質を握っているものこそ、上記の『歯ごたえ』であり、

『分かりやすく描くこと』以上に、私に必要なものがこの『歯ごたえ』であると、SUGARさんの文章を読んでいて直感的に思ったのでした。

『歯ごたえ』とは、

『深み』や『情緒』『雰囲気』

あるいは『癖』と言い換えてもいいんじゃないかと思う。

しかし『描いている側の人間』は時として、

『第三者目線での解りやすさ』を追い求めるがあまり、自分の作品に最初は流れていた『独自の雰囲気や癖』を、結果的に削ぎ落としてしまう事がある。

そしてそれが、結局は作品の質を落とす一番の要因になったりもするので

『描きたいものを描きたいように描く事』と、『読者さんに楽しんでもらう事』

この二つを両立できうる『絶妙な歯ごたえとのどごし』を、常に考える必要があります。

かつて私が堂々巡りしながら作っていたものは、「やたら具材は入っているけど味がしないもの」だったと今なら解る。

べしゃべしゃに煮え切ったニンジンと、水っぽいルーで作ったシチューみたいな。

じゃあその『歯ごたえ』と『のどごし』、

もうひとつ付け加えるとしたら『塩梅(あんばい)』もそうですが、これらはどうやって調節すればいいんだろう。

って話をしようとすると、「むしろこっちが教えていただきたい」という結論にしかたどり着かないので、ここではやめておこうと思うのですが汗

ところでSUGARさんの占いは、ともすると難しい文章が多く、初見では何度か立ち止まって読み直す必要があったりするので、

私個人は、この人の文章はナタデココのような食感だな、と感じてきました。

ナタデココ。

杏仁豆腐みたいな導入に始まって実はナタデココでした、みたいな

さりげなく敷いた伏線を最後キレイに回収するような、そんな噛み砕き甲斐のある読み物が、私にも作れたらいいのに。とよく夢を見ている。

そういえば先日たまたま観る事になった韓国ドラマは、雨水のように冷たい導入に始まって、レモンティーみたいな完結を迎えていました。

そういう、温かくてスッキリとした酸味が口の中に残るような読み物が、私にも作れたらいいのに。とよく夢を見ている。


…。

本当はこんなコチャコチャとした思考を巡らせること無く、描きたいように描いただけで人を喜ばせられたらと思うんだけど

そうは問屋が卸さねぇのが、人生なのであります。

正確には人生が悪いのではなく、私の技量とセンスの問題なんだけれど。

ガツンと面白い中編作品とか、いずれ描けたらいいのになぁ。

とよく夢を見ている。




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