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「こちらあみ子」のはなし(ネタバレあり)



映画のこと


「こちらあみ子」は、音と視点の映画だと思った。

心地の良い音、気持ちの悪い音、聞きたくない音、聞こえない音、聞いてしまう音。音にフォーカスが絞られている感覚がすごくよくわかる。あみ子はそういう世界で生きている。

はっきりと区別されるあみ子の視点と客観的な視点。
人間自身や表情よりも、物や生物、身体的特徴に奪われる視線。
アップで生々しく映されるあみ子の目線とは対照的に、引きの構図で真正面、真横、真後ろから水平に垂直に映される一歩引いた客観的な視点。誰もあみ子を多角的に見ようとしない。みんなあみ子を真正面から遠巻きに見ているのに、近くで向き合ってはくれない。

二分割構図、サンドイッチ構図、トンネル構図、シンメトリー構図など写真的な映像が繰り返され、あみ子が一枚しか撮ることのできなかった写真を何枚も何枚も撮り続けているようだった。冒頭で校舎から子供たちが出てくるカットには目を奪われたし、タイトルバックもすごく良かった。



あみ子のこと


あみ子という人間の解像度があまりにも高い。
相手の気持ちが理解できず嫌がることをしてしまう、人の話に集中できない、衝動的に次々と興味が移り変わる、といった大きいところから、鉛筆が正しく持てない、オセロのルールを理解していない、開きっぱなしのランドセル、雑然とした部屋、みたいな細かいところまで、全ての描写が雄弁にあみ子を説明する。
無闇に言葉を使わず、見せて聞かせることで表現する映画だったので、観た人によって大きく感想が変わる映画なんだろうなと思う。


映画のパンフレットで、漫画家の冬野梅子さんがこう記している。

あみ子はうざい。でもあみ子をうざがることに罪悪感がある。だから遠ざけたくなる。

「こちらあみ子」パンフレットより

あみ子への所感を直接言葉にしてしまうと誰かを傷つけてしまうから、自分が悪者のようになってしまうから、わたしたちはあみ子の行動を「純粋」という綺麗な言葉であやふやにして自分たちと距離を置こうとしていたのではないか。
それは柵の向こう側から傍観して言う言葉であって少しもあみ子に寄り添う言葉ではない。「わからない」ことは「純粋」と同義ではない。

映画と小説で一番違うと思ったのは野球少年との対話のシーンで、小説では単純に何が気持ち悪いのかわからず尋ねているような印象だったのだけど、映画では自分の気持ち悪さ(=どうして自分が人を不快にさせ傷つけてしまうのか)を知ることで自分や人と向き合いたいという意図があるような気がした。自分も小説を読みながら無意識に「純粋」の柵を建てていたんだなと思った。

「どこが気持ち悪かったかね」
「いちから教えて欲しい。気持ち悪いんじゃろ。どこが」
「教えて欲しい」

「こちらあみ子」パンフレットより


あみ子だって、「相手がどう思うかわからない」「どう対応すべきか知らない」ってだけで、人を傷つけたいわけじゃないし、気持ち悪いとは思われたくないし、冷たくされれば悲しいし、殴られたら痛いし、みんなと仲良くしたいのは「普通の人」と同じなのに。あみ子は「純粋」だから、どうせ言ってもわからないのだ、どうせなにも感じていないのだと、レッテルを貼りつけられてしまう。

わからないものはわからない。それはそう。でも、知ることはできる。
誰かが根気よく丁寧に向き合って、どういう理由で悪かったのか、どうしたらいいのか、相手がどう考えたのかを教えていれば、ほんの少しは違う未来があったのかもしれない。
あみ子は兄との対話の後、ついついホクロは見てしまうけれど一度も母親をホクロとは呼ばなかった。写真を撮る時だって、「綺麗にしてから写りたいから、準備している間ちょっと待っててね」と伝えていれば、あと数秒シャッターを切ることを我慢できていたかもしれない。

でもそうやって向き合うことが家族ですらも(あるいは家族だからこそ)すごく難しいことだというのもわかる。
父親は「あみ子にはわからんよ」と既に対話を諦めている。作中で唯一対話をしようとしてくれていた、唯一トランシーバーで応答しようとしてくれた優しかった兄は、お墓の件をきっかけにあみ子との対話に絶望してしまった。結果、この映画の中であみ子と向き合う人間はいなくなってしまった。野球少年の対応はあたたかい優しさではあったけれど、それすらも意地悪な見方をすれば「誰もあみ子と向き合わない」という描写なのがすごく悲しい。本当に、誰も近くでは向き合わない。

祖母の家に引き取られてからは、真正面からではない、斜めの構図のあみ子が描写される。その先には、あみ子を色んな角度から見つめて、ゆっくり向き合ってくれる人がいるんだってことを、わたしは信じたい。

映画のラストシーン、あみ子の「大丈夫じゃ!」という言葉が、大丈夫じゃないわたしに勇気をくれた気がした。

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