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罠っぽい仕事とチャンスの紙一重

 罠っぽい仕事の話というのは生きていると時々出会う。学生時代や仕事を始めたての頃はそんな話に巻き込まれて嫌な思いをする人も多い。やがて「罠っぽさ」に気づくようになるが、時に罠っぽさを自覚しながら、無理やりチャンスにできることもある。以下の話はおそらく多少なりともレアケースだと思うが、こういうこともあるということで参考になれば幸いだと思う。

 数年前に、ヨーロッパの国立美術館で行なわれた日本美術界ではほぼ100%が知る日本を代表するアーティストの展覧会の企画と空間デザインをした。27歳の時に始まり1年半かかって28歳の頃に完成した。一見するとかなり恵まれた機会であると思うが、実際は少し違う。

 最初に僕のところに来たときは展覧会のコミッショナーからの企画書の体裁を整えて欲しいという依頼であったし、まだその段階でアーテイストの作品を借りる確証もなかった。コミッショナーが「私は展覧会ができる」ととフランスの美術館にプレゼンをして、美術館はそれを信じ、1年半後に特別展示室を貸す許可をだしたのだ。そのタイミングで展覧会の内容も作品をどう借りるかのめども立っていなかった。

 そういういかにも「罠っぽい」奇妙な話だった。

 そこから企画書と同時に展覧会コンセプトをコミッショナーと話しながら作っていった。同時並行で協賛を企業に求めたり、助成金を申請したり、美術館に作品の貸し出し依頼をお願いしに行った。国のかなりクローズドな施設にまで足を踏み入れたのは驚いた。そんな企画書を書きながら、同時に僕は絶対に空間設計をしてやろうと企んでいた。

 当初僕が空間設計をできる確証は無かったと思う。しかしこの展覧会には全く制作費がなかったのだ。その上で「こんな展覧会をします」というプレゼンを企業や国や美術館にしなくてはならなかった。

 最初は「具体的なデザインが無いとプレゼンできない」と説得し、企画にぴったりあったデザインを企画書に入れこんだ。当然企画チームには僕も入っているので、当たり前だが空間デザインとの齟齬は無いものができるのである。大きな模型を何日もかけて作った。協力してもらうグラフィックデザインの事務所も巻込んで日々精度をあげていった。

 企画が通り、助成金が通った段階で、その「暫定版」のデザインは多くの関係者の賛同をえた「理想像」に変化していった。コミッショナーには「これで通している以上これでやりきるべきだ」と説得した。

 コミッショナーも最初は少し躊躇していたが、やがてフランスの展覧会が得意なデザイナーと現地の担当者として探し、彼らに「理想像をどうやったら実現できるか」を相談することになった。僕は設計の意図を説明し、どのようにそれが実現できるかを相談しながら進めていた。

 フランスで実施設計を担当してくれた男女のデザイナーユニットとパリで初めて会った時に、僕は正直に「自分は経験も浅いので今回自分で全てが出来ると思っていない。だからあなたたちのような優秀なデザイナーに力を借りられることはとてもありがたい。一緒にいい物をつくりたい」というオファーとともに彼らへの説明用に作ったかなり精巧な模型で設計の意図を拙い英語で熱弁した。

 彼らは模型の出来をほめつつ、いくつかの懸念と解決するアイディアをくれたうえで「こちらも一緒に出来ることは嬉しい。そちらの期待に応えられるようにベストをつくしたい」というようなことを言ってくれ、こちらをリスペクトする姿勢は展覧会が完成するまで変わることは無かった。

 いくつか不本意な事件もあったし、展覧会の実施についても多くのハードルが立ち上がったが、その度考え、準備をし、(仕事の後で準備をするのでとてもハードだった。)説得し、謝り、問題を解決していった。もちろん僕だけで展覧会の実施をした訳ではない、グラフィックデザイナーの方々も素晴らしい仕事をしたし、なによりもコミッショナーもクリエイティブディレクターとしてのジャッジと膨大な書類や折衝をしていた。

 彼女もまたかなり高いハードルを超えたのだ。というか、実際に彼女は「展覧会が出来る」というプレゼンを実現させたと言える。

 展覧会は無事に完成し、日本からのVIPがオープニングでスピーチを行なった。美術館が持つ迎賓館でディナーがあったり、人生でもなかなか出来ない体験が出来たと思う。展覧会のデザインはその後日本の空間デザインでは比較的大きな賞をもらった。その仕事がきっかけで様々な次の仕事につながった。

 おそらく自分にとっての大きな転機になった仕事であるし、死ぬまで忘れない仕事の一つになると思う。

 最初は企画書の清書から始まったのでそれはチャンスですらなかった。

 チャンスでなかったからこそ、若造にお鉢がまわってきたのだ。それをチャンスにするためにがむしゃらにやった。自分のやったことが卓越していたとも、精緻なものだったとも思わないが、がむしゃらだったぶん、妙な迫力みたいなものはあったかもしれない。

 思うに、チャンスというものは、チャンスの顔をしては現れない。一見罠のようにあらわれたり、一見やっても意味がないもののようにして目の前に来るのかもしれない。それを実感するような機会だったと思う。

 ー最後まで読んでいただいてありがとうございました。

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南木隆助

様々なプロジェクトの企画や、空間系の設計をしています。時々和菓子の仕事もしています。noteでは体験のデザインの方法論を中心に書いていきます。 http://cargocollective.com/ryusukenanki

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