記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

「かそけきサンカヨウ」の感想(ネタバレあり)

愛しい宙ぶらりん映画

今泉力哉監督最新作。

劇中で「宙ぶらりん」という言葉が出てきたけど、今泉力哉監督作品は何かを決定しない宙ぶらりんの時間を面白く、時に美しく描く名手とも言える。
今回もそういう意味で主人公達が「何かを決める」「あえて何も決めない事を決める」そこに至る時間を丁寧に愛おしく描いた今泉監督らしい作品だと思う。

前半は主人公である陽の新しく出来た家族と、ほとんど記憶のない離婚した母親と向き合うまでを描いたお話。
これに関しては開始一時間位でほぼ解決というか彼女の迷いがなくなる所までいくので、この後どういうお話になっていくのかな?と思って観ていると、彼女が想いを寄せる陸の方の視線に移っていく。
ただそれだけじゃなく彼ら二人の周りの登場人物に対しても実在感たっぷりと見せていくので、語り口がどんどん群像劇的に広がって開放感が増してくる感じが素晴らしかった。

新しい家族との関係、母親への想い、陸への恋心など彼女の物語が映画前半で語られていく。
誰か悪い人が出てくる訳ではなく、むしろ良い人しかいない事でどこにも戸惑いをぶつけられない。
母親がいなかったことで子供の時に子供でいる事が出来なかった娘さんなので、新しい妹が両親との間で子供らしく甘えているのに小さな苛立ちを募らせて、ついに母親との繋がりの本を破られ感情を爆発させてしまう瞬間が観ていて辛い。
その前のギャラリーに訪れるくだりで打ちのめされた直後だっただけに完全に心が折れた感じ。

その後の井浦新演じる父親の真っすぐな言葉や、実の母親と新しい母親と向き合う事で、世界は彼女が思っているより優しいし甘えても良いと自分の中で折り合いを付けていく描写が丁寧で感動的。
ずっと一方的に母親との繋がる為にやっている様に見えた画、それまでずっとモノクロで描いていたけど、彼女が色を入れる瞬間に迷いも晴れているのを示す様な演出になっているのがとても上手い。
それとさりげないけど前半で言えないと話してた、新しい母親の料理の味の濃さを指摘するシーンは完全に家族になった感じがしてとてもグッとくる。
彼女の大切な人を象徴する絵を壁に飾って見つめて終わっていくラストは「スーパー!」のエンディングとかにも通じる優しいシーンで凄く好きだった。

演じた志田彩良、今泉監督作品だとメロウのさわやか女子中学生の印象が強かったけど、今回の内にどんどんため込んでしまう役もすごく良かった。というかメロウと比べると大人っぽくなったね、と親戚のおじさん気分になってしまった。

後半からは彼の視線がメインで映画が進んでいく。
自分の心臓の病気をきっかけに大好きなバスケを辞めスポーツができない体になった事で、自分の人生の可能性が閉じられてしまう感覚への戸惑いと、近くにいる陽が迷いが無くなっていく様子を見る事で生じる焦りで、いっぱいいっぱいになってしまう。

そんな彼と母親との終盤のやりとりがとても良かった。
「お父さんと暮らしなよ」と薦める所で彼のあまりの真っ直ぐさに笑ってしまったのだけど、母親は当然彼が思ってる程不幸ではないし、父親や祖母との関係性も彼が思ってもみなかったもので、それを母親から聞き変化していく表情がなんとも愛おしい。

その他、同級生の女性との関係性の鈍さもそうだし、あまり何も分かってない事を愛おしく描く感じは「街の上で」とかとも通じる今泉作品らしさだと思う。
何も分かってなかった彼が少しずつ色んな人との対話の中で、自分はまだ決められないし、決めなくても良いと気づいていく感じが良かった。
陽からの告白に答える訳じゃなくそれでもそのまま傍にいて良い、彼の場合はその「宙ぶらりん」を優しく見つめながら映画は終わっていく。

鈴鹿央士はどちらかというと天才児役の印象が強かったけど、今泉監督作品によく出てくる頼りなくフワフワした男役もバッチリハマっていた。それでも「街の上で」の若葉竜也とかと比べると品の良さが常にある感じでその辺も新鮮なバランスだった。


その他、大人の俳優陣もみんな良くて、特に新しい母親役の菊池亜希子が超素晴らしかった。陽との関係性でピリピリする瞬間もあるのだけど常に良い人オーラが出ていて、良い人だからこそ陽がしんどくなっていく。
でも陽が初めてお母さんと呼ぶ所の反応で、明るく振舞ってたけど彼女もやっぱり不安だったんだと分かって思わずもらい泣きしてしまった。

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?