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「茜色に焼かれる」の感想(ネタバレあり)

TOHOシネマズ二条で鑑賞。そんな大きいスクリーンではなかったけど、かなりお客さんが多かった。

現実と地続きな露悪さ

石井監督前作の「生きちゃった」にも通じるのだけど、主人公の周りに冗談みたいに不幸が訪れる。
今回はコロナの影響や、実際の事件を思い起こす様な高齢ドライバーによる交通事故など、より近々な現実と地続きな不幸が多くて観ていてなかなか辛いし、女性に対しての欲望を身も蓋もなく表現した男性側の胸糞が悪くなる性描写もとても気分が悪くなる。
本当石井監督の風俗描写は当たり前の様に酷い事が起こる感じで毎度キツイ。

しかしあまりに不幸が露悪的でギャグ的にすら感じる瞬間もあるけど、この撮影が行われた時より現在のコロナ過の日本の現実の空気感が同等かそれ以上に酷い事が起こっていて、全然絵空事に感じないのがさらに辛い。
この状況でオリンピック開催とか言いながら、弱者に対してあまりにも不寛容な現実に対して「何も変わらないとしても腹が立ったなら怒っていい!」と映画から言われたみたいで勇気がもらえる。

映画としての希望

そしてそういう社会派な側面だけじゃなく、「これ以上辛い事が起こったらもう耐えられない、、、」と思ったタイミングで思わず胸がいっぱいになる優しいシーンが入ったり、コメディ要素が入って笑わされたり、映画として緊張と緩和のバランスが上手くてドラマとして語り口が巧み。
中盤で良子がついに本音で悲痛な胸の内を話し出す所で、抱えたものの苦しさを感じるのと同時に、この人にもやっと溜め込んだモノを吐き出せる瞬間が来て安心する。

監督前作の「生きちゃった」とか、「川の底からこんにちは」とかでも感じたけど、エキセントリックに感じる位に思っている事を溜め込んだ人が、何かが変えらなくても感情を表に出す瞬間を物語の山場に持ってきている作品が多いと思う。
現実と地続きな嫌な雰囲気で想いを表に出す事で何かが壊れてしまう緊張感を常に演出しつつ、それでも自分の想いを吐き出す事の肯定。

誰もが常に言葉を飲んで我慢しないと生きていけない世界に対し、この映画の様に想いを爆発させることは出来なくても理不尽に対して「あなたは怒っていい」と、こちらの背中を押してくれる様な優しさを感じる。

そして今作でより僕が感動したのは、傍から見たら理解されなくても何かを表現する事を全肯定する様なラストシーン。
現実の痛みをこれからも作品へと昇華していくと作り手が宣言している様にも見えた。
コミカルさも含めて(ガゼルの首をギューッとし過ぎている感じに笑った)とても気持ちが上がるラストシーン。

自転車で始まり、自転車で終わる映画。

冒頭父親が自転車に乗って事故に遭う所から映画は始まり、それ以降自転車というのが彼女達家族の不幸の始まりを象徴していて、登場する度に不穏な空気になる。
そして純平が勝手に自分の物にする赤い自転車は「使われていないけど使ってはいけないもの」という、この映画で度々出てくる「ルール」という言葉の狭間にある様な存在。

衝動的に自転車を盗んだ事をきっかけに彼女の中のルールを守らないといけないという考え方が揺らぎ出す。
その後、自分は弄んだ男に対して包丁を持って復讐しようとし、息子にはルールを守らないといけないと言うくせ自分は完全にルールの外に行こうとしている。
それを必死に止めてくれる誰か、一緒に怒ってくれる誰かがいる事で彼女の気は晴れるのだけど、その後処理をしてくれるのがヤクザと繋がりのある風俗店の店長や、自分を虫ケラの様に見ていた弁護士など、世の中のルールの外の価値観で生きている人達なのが面白い。

僕はここで彼女がそれでも自分の周りの大切な人の存在を再確認する事で「ルール」という言葉の縛りから少し解放された様に感じた。

そして息子と茜色の夕日の中で自転車で2人乗りをして漕いでいくラスト。
悲劇の象徴を乗り越え、乗りこなして、彼女の勝負の色の赤に染まりながら前を向いていく美しい画で凄まじく感動してしまう。

登場人物

良子

あまりにも理不尽な現実で自分が決めた役柄を演じる事を貫き通している

でもラストは現実世界で世渡りしていく為の演技ではなく自分が本当に演じたい自分を役者として演じて吐き出す。
本人的には老人達を楽しませる為でもあるのだろうけど、自分の人生を役者として自分が感じた怒りや思いを表現として燃やす事で心の中で区切りをつけていく熱い儀式みたいだ。
これからも大変な事が待ち受けているのだろうけど、傍から見た時のコミカルさや、流れ出す「ハートビート」も含め「彼女なら大丈夫だ」と安心できる爽やかな余韻で映画が終わっていくのが僕はとても好きだ。

息子の事となると躊躇わない怒り、風俗で働く時の接客、恋人(と思っていた男)の前での甘えた態度、色んな役を使い分けて生きていく彼女の心の闇も含めて体現しきった尾野真知子はやっぱ凄すぎる。

純平

学校のいじめ描写が、かなりきつくて終始げんなりした。しかもあのいじめっ子共に何も制裁がないのが辛い。放火じゃん。

実はめちゃくちゃ秀才なのが明らかになる所で、彼女の母親としての育て方や、父が残した読書効果(?)が間違って無かった事に感動する流れになってた気がするんだけど、正直「いや、いじめ問題全く解決してないじゃん!」とツッコミたい気持ちになってしまった。

でもそういう悪い奴が相応の罰が与えられる訳じゃないのがこの映画の真摯さでもあると思う。

母親が無理をしているのを気づいているけど、何も出来ない彼の目線が、映画を観ながら彼女を見守るしかない僕らの目線と重なる。

演じる和田庵のピュアさが素晴らしくて、相変わらず石井監督は子役抜擢能力が高いと再認識。

ケイ

彼女も良子に負けない位、不幸を背負っていて、それを自分で憐れまない様に生きている。
だけど良子の不幸に触れていく内に、考えない様にしていた自分の不幸に対する考え方が変わっていった様な気がした。吐き出せる相手を見つけてお互いが救いになっていく様子に胸が締めつけられる。

そんな彼女が良子と純平に託した数十万円は、ただのお金じゃなくて、命がけで残した希望みたいなものでとても重い。改めてずっと画面に出ていた良子の出費や給料の「お金」が後追いで響いてきた。

演じた片山友希。「君が世界のはじまり」でも印象的だったけど、しかめっ面が本当素晴らしい。不幸を受け止めるしかない表情を観ていて苦しくなった。

風俗店店長

あと永瀬正敏演じる風俗店店長はある意味1番フィクション感が強い登場人物なのだけど、この人がいるから映画全体の風通しが良い印象。
途中相当酷い事言ったりするのだけど、良子が何かをふっ切る区切りにはいつも彼がいて、実は重要な役割を担っている。

ラストの良子の演劇に「おお、マジか、、、」みたいに圧倒されている表情が絶妙で笑ってしまった。

そんな感じで今の日本の閉塞感に対して、怒りをぶつける様な素晴らしい傑作だった。今観る価値のある映画。

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