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開業臨床家が社会で果たすべき責任とは

大人の自覚があまり無く、成人してからもあちこちに迷惑をかけながらヘラヘラ生きてきたなな先生ですが、この度、開業したことで、「責任」について考えるようになりました。
まだまだ半人前の身です。特に偉そうに語れる立場でもなんでもありません。「なに言っとんだ」という感じかもしれません。そっとスルーしてください。

半人前なのに影響力を持ちはじめてしまった

さて、なぜ責任について考えるようになったのかというと、理由がふたつあります。ひとつは、ほかの事業をされている方にいろいろと話を聞く機会が増えたこと。もうひとつは、多少なりとも自分の影響力の範囲が拡大していることを感じたことです。

開業臨床家が影響力を及ぼす範囲

会社員として臨床家をやっていた頃、影響を及ぼす範囲を挙げるとするならば月に依頼のある100件程度の利用者さまとそのご家族、あとは実習に来る学生や同僚ていどでした。数にして、おおよそ100〜200人規模でしょうか。

今現在、実店舗を構えて開業し、来室くださるご依頼者さまが多彩になりました。さらには依頼を直接受けないけれどもSNSのフォロー関係で認知してくださる方、教材販売を通して間接的に臨床の考えをお届けできた方、このマガジンのご購入者をはじめ開業を視野に入れて関心を寄せてくださる先生方、ひいては「言語聴覚士開業」に注目してくださる社会の皆さまに対し、「ことばの相談室ことり」と「言語聴覚士 寺田奈々」は影響力を持ちはじめています。

世界の広さを考えれば微力も微力の影響力ですが、前職に比べるとそれでも大きな力です。力を持つ者には「責任」も生じます。
しかも、自分の活動によって言語聴覚士の支援が届くために社会に対して一定の影響力を持ちたいとはっきり述べてしまっています。

では、開業臨床家としての責任とはなにか?私の意見を書かせてください。
ここは、開業を考える先生方の助けとなるためのマガジンですので、先生方にひとつの意見として参考にしていただけたら嬉しいです。

開業臨床家の責任① ちゃんと勉強する

開業臨床家が世に存在することで、「自分も頑張れば開業できるぞ」と夢を持ってくれる方が出てきます。
ロールモデルというにはおこがましいですが、このマガジンの購読者はすでに70人を超えています。
わたしの仕事を参考になさる方も出てきてくださっています。

開業を視野にいれて動き出した先生のすべてが開業して続けていけるかというと、そんなに甘くないかもしれません。
しかし、夢は叶えることも大切ですが、その夢に向かって努力する過程自体に価値が生まれることもあります。努力が習慣になったり、勉強することで新たな能力を得たりしたことは、開業という夢や目標が、将来ちがう形に変わったとしても、その方の財産として残ります。

そのほか歴戦の言語聴覚士の先生方に比べると、私は比較的若く、そして比較的低予算で(DIYで)開業したのではと思います。そして、日経WOMANに載ったりインスタのフォロワーさんが1万人以上居たりと、多少目立つ形です。

ともすれば、「簡単に開業できる」の「簡単」の側面が、自分の意図を越え、強調されすぎて伝わってしまうのかもしれません。それは怖いなと思うようになりました。


もちろん、ST開業は法制度やニーズによる後押し、ローリスクな事業形態などにより、世の中のそのほかの開業に比べれば、比較的「簡単」ではあります。また、開業言語聴覚士はとても少ないと思うので、世の中のため、業界自体の存続のためにもう少し増えてくれたらと思います。

ただしそれは、言語聴覚士としての仕事を望む方に提供できる準備を整え、信頼を裏切らないサービス・支援を続けていける限りにおいての話です。
たとえば、世の中にお客さんのためにならない・力になれない開業言語聴覚士さんが大量に増えてしまったら、確かに一時的に"儲ける"ことができるのかもしれませんが、「言語聴覚士」という資格の看板自体の価値が下がってしまいます。それは、長期的には社会の損失です。私の望む存続や発展の形ではありません。

自分の勉強量が充分であるとか自分の知力が人より優れているというわけではありませんが、開業臨床家は"ちゃんと勉強する"ことに対し、ほかの開業ではない臨床家の先生に比べても、より重たい責任を持っているはずです(という気負いを持っていようと思います)。

開業臨床家の責任② 儲かった分だけ社会に還す

基本的に、自費のサービスが持つ責任はそのお金を支払った方に対して発生するものです。国民健康保険やその他の公的なサービスのように、税金を払っていたり制度にかかる費用を負担している他の市民・国民のことを考える必要はありません。そういう意味では、医療従事者に比べて責任の及ぶ範囲は狭くなると思います(個人の考えです)。


ただし、利益が出た場合には、開業臨床家にしかできない、社会で果たすべき役割があるかもしれないと感じています。それは、出した利益を、何らかの形で社会に還元することです。

たとえば、公的施設で働いている人は、毎年の予算が決まっており、好きなだけ研修会に出たり、自由に新しい教材を買ったりすることは叶わないでしょう。
一方で私のような個人事業では、研修参加費や教材購入費を経費に算入することができます(経費がかかるほど利益は減ります。個人事業主の場合では、確定申告により経費を申告し、納める税金額が決まります)。

もちろん売上を超える経費が嵩むと赤字事業になってしまい、赤字が続くと事業継続は困難になります。利益のうち一部を自己研鑽や教材への投資に回すことは、「障害児者支援というニッチな産業や知識に価値を見出し、お金を払う人が居る」という社会へのメッセージになります。事業を展開していく上でも投資であるし、ひいては社会に対しても影響力があるのではないでしょうか。

書籍を読んだり講習会に出たり、進学したりする自己研鑽は、設備投資のような目に見えた変化ではありません。しかし、開業臨床家が自分の自己研鑽のために投資をすると、ダイレクトにお客さまに利益を還元することができます。

発達支援関係にも1回数万円〜する講習会、1冊1万円を超える書籍などがたくさんあります。信頼性を個別に見極める必要はあれど、わたしは開業臨床家こそ、お金を掛けて勉強するべきだと感じています。
ただし、これには注意点があって、同じリクツを使って人からお金をたくさん引き出そうとする(法律スレスレの)悪い人も居るということです。なので、「身銭を切って勉強しよう!」と言うときにはやや注意が必要です。お金をあまり掛けずに学べる環境を探すことも同時に大事ですね(フリーで読める論文とか、手頃な価格で買える書籍などもたくさんある)。

また、教材購入についても同様です。教材販売を始めて実感したのが、障害児者向けの市場の小ささです。健常のお子さん向けの市場に比べると、とても小さなマーケットです。

通常、世の中では商品の価格を下げるために、大量に作るという方法を取ります。たとえば私の作っている紙教材ですが、50部刷るのと500部刷るのでかかるコストはほとんど変わりません。需要の規模が小さいと、せっかくよい商品を作ってもたくさん売れず、また、必要な人に届くまでに時間がかかるので、在庫をたくさん抱えてしまうことになります。ひとつひとつの商品の価格設定を高額にするか、ニッチなニーズはひとまず諦めて、たくさん売れる形に変える必要があります。

ところがその一方で、特別支援教育やリハビリ・介護では、時間を掛けて教材や支援グッズを手作りする先生たちやご家族の方がたくさんいます。もしその手作業の時間が少しでも空けば、もっと大切な人と過ごすことができたり、本来のその人のお仕事で活躍したり、家族のためにお金を稼ぐ時間に充てることができるかもしれません。

現状、高額な支援グッズが買えなかったり、そもそもあまりよい商品が無かったり、あってもニッチ商品なのでその情報が必要な人に届いていなかったりします。

そこで、私は微力ながら、利益の一部を教材購入に充て、商品の売上げに貢献し、またよいと思ったものをSNSで紹介することにしています。支援関係の市場規模が大きくなれば、巡り巡って我々臨床家にもその恩恵が巡ってきます。


開業臨床家の責任③ 続ける覚悟を示す

開業臨床家が世に存在していることで、「いつか困ったときは病院や公的機関以外にも選択肢がある」という状態をつくることができます。それはたとえば、直接のお客さまではない方々に対する安心も間接的に担うことになるかもしれません。社会全体の資源や機能が昨日よりもひとつ増えるということは、社会がひとつ豊かになるということです。
株式会社などでない限り、自分の事業はいつだって自分の意思でやめることができます。個人事業の場合には自由度が高いですし、ライフスタイルに合わせて仕事の方を可変な状態に仕向けていくことももちろん可能です。

しかし、だからといって「やめまーす」と言って突然気軽にやめてもよい、というほどにまったく責任が無いというわけではないのだろうなあ・・・と思っています。

ちなみに、社会人としてはギリギリ及第点どころか落第点も付いたことのある私ですが、患者さんや利用者さんに対して直前にお断りしたことは、この7年間、インフルエンザや大病以外ではありません。もちろん今後も一切無いとは言い切れませんが、「明日いきなり休む」ことの重大さは、予約制の事業をやる限りは心得ておくべきだと思います。

おわりに

「事業としての効率性や利益追求」と「臨床家としての研鑽および、よりよい支援の提供」、専門的なサービス業の永続性を考える際には、ふたつの価値観が必ず、常に対立し続けます。さらには、まだ数の少ない開業臨床家が世の中に1人ふえることが、業界やひろく世の中に及ぼす影響を考えることも、その責任の一つだと、いまこの時点でなんとなく感じつつあります。

こうしたことの舵取りをヘルシーに、そしてできれば豊かにやっていきたいという、一開業臨床家のお話でした。

最後に、マガジン購読者の方向けに、今わたしが勉強していること、これから視野に入れていることをご紹介して終わりにしたいと思います。

今、わたしが勉強していること、これから視野に入れていること

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