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No.7 幻

 朝から続く雨は、ラオスの大地を神秘的なヴェールで包み込んだ。ルアンパバーンへの道は、霧にかかる山々を超え、時には現実を忘れさせるような幻想的な風景が広がる。8時間の乗合バスは、山賊の恐れがあるため、夜が明ける前に出発する。運転手は急ぎ足で、細くぬかるんだ険しい山道を猛スピードで進む。乗客たちは、一丸となり、何度も泥に足を取られた車を、全身泥だらけにしながら、崖からの転落を防いだ。命懸けの旅路だった。
 そして暗い小雨の中で、私が目にした集落の人々は、まるで幻のようだった。そこでは子供や男性、女性も含め、腰紐だけを身につけた裸で雨に打たれ、自然と一体になって生きていた。この世のものとは思えないその光景は、生涯忘れることはないだろう。

 疲れ切った体を、糸のように流れる水シャワーで洗い流し、ぬるいビールを飲みながら、気を失うようにベットに横たわった。どのくらい眠っていたのだろう。真夜中に、宿泊しているロッジを擦るような音が私を目覚めさせた。周囲に何もない芝生に建てられたロッジには、私しか泊まっていない。しかも、この建物全体を擦ったり叩いたりしている。
 恐る恐る私は、扉を開けた。すると大きなピンク色の水牛たちが、周りを埋め尽くしていたのだった。どうやら、彼らはロッジの下の美味しい芝生を食べており、その際に巨大なツノが柱に当たっていたらしい。
 望洋とした月明かりの下、湿った草を喰む美しい水牛の群れの中で、私はしばらく立ち尽くしていた。

 次の日、ぎゅうぎゅう詰めで乗った乗合バスでは身動きできず10時間過ごした。幸いなことに、窓際に座ることができ、変わらない景色ではあるが気は紛れる。この7人乗りのワンボックスには、20人は乗っているだろう。ルアンパバーンを早々に出発し、南に下り、メコン川沿いターケークで1泊。更にまた、ギュウギュウ詰めにされ、5時間でタイに渡るための町パクセーまで辿り着いた。


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