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風水の勉強はじめました

ただいま、人生初の通信講座を受講中である。

学んでいるのは、風水。
家やインテリアが好きということもあり、昔から興味はあったのだけど、本格的に勉強したいと思ったのは今年になってからだ。

きっかけは、noteにもちらりと書いたが、春ごろ、夫が夜も眠れないほど悩まされた一件だった。

当時はくわしく書けなかったが、その悩みとは、夫の実家の相続問題であった。

その家は、亡き義父が定年退職後に終の住処として建てた一軒家。
夫は一人っ子の長男だが、大学進学のため19歳で上京して以来、就職も、フリーランスとして独立後の仕事もずっと東京。さらに30代でわたしと出会って10年前に千葉に家を持ったこともあって、この先も地元に戻って暮らすつもりはない意向を生前に義父に伝えていた。
義父はサラリーマンで、代々受け継いだ家業もないため、その意思を尊重して受け入れてくれた。

70代の義母が一人で住むには大きすぎる家だったから、義父の一周忌を終えると、義母は自身の出身地に戻り、周囲にきょうだいや親戚もいる安心な環境のマンションで2年近く一人暮らしをした。しかし、義母の性格や体力的に一人暮らしそのものが向いていないとわかり、いろいろ心配なことが増えてきたのもあって、わたしたち家族が暮らす地域に呼び寄せ、今は車で15分の距離にある高齢者施設で暮らしている。

夫の実家の周辺には、亡くなった義父のきょうだいや親戚も多く、家(建物)は義母の名義なのに、敷地の名義は祖母から土地を相続した叔父というねじれた構造が、問題を複雑にした。

義母や夫の一存で売却の話を進めることはできず、毎年自分たちが住んでいない家の高い固定資産税を払い続けてきた。
とうとう今年になって、叔父側から家と土地を売却したいという申し出があったのだが、売却額の分配をめぐって親戚間トラブルが勃発。

結局、最後は弁護士さんに入ってもらったことでどうにか決着したのだが、わたしは一連の騒動を見守りながら、父に譲られた石でお守りのアクセサリーをつくったり、玄関に盛り塩をしたり、三和土を拭き掃除して……と厄払いになりそうなことで、心がけひとつでできることをいろいろやった。
そうした行為を通じて、「目には見えなくてもこの世の大切な動きに直接関わっているものがたしかに(そしてたくさん)ある」という確信をもった。

そのトラブル以前から、風水でも月星座でもとくに重要視されている玄関に関しては、きれいに保つことを心がけて暮らしてきた。

おかげで、わが家は深刻な災厄を除けることができていると信じているのだが、一方で、夫の実家は最後になぜあれほどもめたのか、という純粋な疑問が湧いた。

ちなみにその家だって玄関が散らかっていたわけではない。
親戚の出入りも頻繁だったため、隅々までピカピカとはいえないまでも義母はきちんとそうじもしていた。
もしかしたら家の方位とか、部屋の割り振りとか、土地の気などに、トラブルが起こりやすい原因があったのではないだろうか。

そんなことをぐるぐると考えるうちに、娘の中学受験や保険の見直しなどを経験して「何かをゼロから勉強したい欲」が高まっていたわたしは、新刊の入稿が終わったと同時に、風水アドバイザー講座の受講を申し込んだというわけである。

風水を勉強していると、本当におもしろくて、ワクワク、ときにはゾクゾク、している。
どんな家にも、また人にも、吉方位と凶方位があり、家と人の吉凶方位が合っていることが理想なのだが、その家に暮らす人数が多ければ、全員そういうわけにはいかない。

わが家の場合、夫と家の吉凶方位は合っているのだけど、わたしと娘の吉凶方位が、家とは逆向きだとわかった。
そうした場合、使う部屋の割り当てで調整するのだが、たとえば現在のわたしの仕事部屋は、家においては吉方位なのに、わたし自身にとっては凶方位で、しかし今すぐ仕事部屋を反対の方角に移すことはむずかしい。

そこで風水のルールに沿って、置く物の色や素材や形で少しでも凶作用を弱める工夫をする。
風水のテキストに「この方角が凶方位になる場合は、たとえばこういうものを置くといい」と書いてあるものが、すでに自分の部屋の窓辺に全部置いてあるとわかったときは、鳥肌がたった(それがトップの写真)。

自分のなんとなく「気持ちいい」や「気持ちよくない(だったらこうしてみるか)」という感覚に素直に従ってやっていたことが、環境学として古くから伝えられている風水の教えと重なっているとわかって、「やっぱり今わたしが風水を学ぶことはまちがっていない」と思えた。

というわけで、引き続き学んでアドバイザー資格取得にも挑戦しつつ、ゆくゆくは風水の知恵を生かした気持ちのいい家づくりの提案をおもしろいかたちでできたらいいなと考えているところだ。

これも、風の時代の心地よさを肌で感じ始めているわたしの、新しい一歩である。

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