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Black Treasure Box 6

「満足したかい?」
帰りの車中、そう聞く樹奈の声に多少のトゲが混じっていたのは、気のせいではなかっただろう。
「やめてよ、そんな言い方」
私もあの不可解な状態から脱して正気に戻っていた。
今日一日の自分の行動をあらためてふりかえってみれば、涙も出ないほどの恥ずかしさに苛まれる。
一体なんということを私はやってしまったのか。
どうせ逆らうことは出来ないという自暴自棄だったか、みんな忘れられてしまうのだという居直りだったのか。

幸か不幸か、樹奈はまだ今日の私のことを忘れてはいないようだった。
元々問題のアプリについて知識を持っていたからなのか、そのアプリにとらわれてしまっている私から直接に話を聞いているからなのか、それはまだ分からない。
長いつきあいの中、大概の恥ずかしいことも打ち明けあってきた親友だが、それにしても今日一日でそのすべてを合わせた以上の醜態をさらしてしまった。
私のためを思っての助言も忠告も、すげなく、時には口汚く拒絶して。

「ごめん」
少しして、気まずそうに樹奈は言った。
「もう死んでしまいたい」
「よせよ」
「だって、あんな、私ったらそれこそ死ぬほど恥ずかしい真似を。樹奈だってずっと見てたでしょう」
「まともな七織だったら絶対やらないことだ。あたしは分かってるし、他のみんなももう忘れてるはずだろう」
「私は忘れられない」
そうでなくても恥ずかしい記憶というものはなかなか消えてはくれない。
忘れたつもりでいても不意によみがえっては、攻め苛まれるものだ。

「あたしも少々甘く見てた」
何に対してだろう、苛立たしげにクラクションを鳴らしながら、樹奈は言った。
「こうなったら、もっと本格的に調べてみよう」
「そうは言うけど、一体どうやって」
「まずそのスマホ、預かってもいい?」
「構わないけど」
仕事用に通話とメールだけにしぼった一世代古いタイプをもうひとつ持っている。
「詳しい奴に内部を調べてもらう。それに案外、そのスマホを手元においておかなければ何も起きない、てことも考えられるし」
それは話が簡単すぎる気もする。
とはいえ、スマホなしの生活は考えられないほど依存しきっていて、そんな単純な発想を持てなかったのも確かだ。
あるいはそんな単純なことにこそ救いはあったのじゃないか。
そんな希望は、しかしたちまち打ち消されることになった。

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