観光業の生産性について考えてみると、日本経済の実像が見えてきたという話

教え子と小論文のテーマについて話していたらおもしろい授業ができたので、紹介したいと思います。

ある日、生徒が「先生、コロナが明けて外国から観光客が増えているそうなのですが、日本の観光業の生産性は低いっていう話を聞きました。どういうことなんですか?」と質問してきました。

私「生産性の意味はわかる?」

生徒「う~ん?」

生産性という言葉だけではあいまいなので、議論を始める場合、まず生産性の定義をしなければなりません。小論文を書く時も同じです。読み手と書き手で言葉の定義が異なると論述がかみ合わないので、言葉の定義から始めます。

ここでは、労働者1名の1時間当たりの生産性を比較するという意味で、

生産性を総生産額➗(労働者数✖️労働時間)と定義づけしました。

総生産額も論者によってさまざまだとは思いますが、
ここでは観光客が支払う金額の総額と定義づけします。

そうすると生産性で検討課題となるのは、
1 総生産額の伸び
2 労働者数
3 労働時間
に分けられることがわかります。

これを細かく分析することで、
ありきたりな論述を避けることができそうです。

まず、1総生産額の伸びについて
海外からの渡航者に対する制限が解除され、2023年は2022年までと異なり観光客数は飛躍的に伸び、その支出額も増大していることがわかります。
ここでの問題は、観光客の国別ランキングです。
コロナが発生する前の2019年までは、観光客の国別ランキングは中国がダントツでした。
しかし2023年、中国からの観光客は減っています。
この理由はどう考えますか?

理由は二つ考えられます。
一つ目は、2023年福島原発の処理水が海に放出された件で、中国政府が強く抗議し、中国国民が日本への旅行を控えているという事情です。

二つ目は、中国経済が減速し、日本に来日する層が富裕層に限られているという事情が考えられます。

それでも、海外から特に欧米からの観光客が増えているのはなぜでしょうか?

大きな理由は円安です。
海外から日本への旅行がしやすくなったことが考えられます。

では、なぜ円安になってるのでしょうか?

大きな理由は欧米諸国と日本の金利差です。
欧米諸国はインフレ抑制のため中央銀行は利上げを積極的に行っていますが、日本の中央銀行は金融緩和のためゼロ金利を維持しています。そのため、日本円を売り、米ドルやユーロを買う動くが強まり、円が安く、ドル・ユーロが高くなっていると考えられています。

以上により、生産性の計算式の分子である総生産額が増えているので、一見生産性は上がるように思うのですが、生産性が低いと言われるのはなぜなのでしょうか?

そこで、次に分母について検討してみましょう。
まず、労働者数について考えてみます。

2 労働者数
 日本は少子高齢化で労働人口が減っており、人手不足だから労働者数は減っているようにも思います。
 しかし、観光業について各国の観光業を調べてみると、IT化が進んでいて、ラグジュアリーホテルは別として、極力人員を減らしている傾向が読み取れます。たとえば、ほぼ現金決済を認めている海外のホテルは少ないのではないでしょうか。日本ではいまだに現金決済も認められています。人手不足とはいいつつも各国の観光産業と比べると、設備投資が進んでおらず観光業に携わる人数は実は多いのではないかと推測されます。

 あと、この場では検討していませんが、観光業の場合非正規雇用も多そうです。低賃金で長時間労働が常態化し、それが労働生産性に影響をあたえているのではないかということも考えられそうです。

では、労働時間はどうでしょうか?
日本の場合、労働時間については問題が多そうです。

3 労働時間
 働き方改革と言われ改善されつつあるとはいうものの、まだまだ労働時間が長いのが日本の労働環境の実情ではないでしょうか。設備投資が進んでおらず、マンパワーに頼っている部分が多いと思われます。また日本のホスピタリティはとても高いと言われていますが、これも労働時間が長くなる傾向に拍車をかけているのではないかと考えられます。時間をいとわずサービスを提供する傾向があるのは観光業に限らず、全産業にも共通して言える日本の特徴だと思われます。

 以上のことから、各国と比べると、労働者×労働時間の数値が大きくなる傾向にあり、分母が大きくなるため、生産性が低くなる傾向になると考えられます。IT化をすすめ、極力労働時間を短縮することが生産性の向上につながるとは思います。
 もっとも、生産性を高めるあまり、本来日本がもつ良さ、つまり数値で表すことができないおもてなしのこころ、ホスピタリティを失わないでいただきたいと思います。

 観光業の生産性の低さについて考えてみると、日本経済と大きくかかわっていることがわかり、金融、労働生産人口、設備投資の問題、労働環境改善の問題、中国経済の問題など多岐にわたる課題についても深く考えさせられることになりました。

 小論文のテーマとしては格好の題材と思います。


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