書評「高校生のための経済学入門【新版】」ちくま新書

 普段は高校生に数学や英語を教えており、政治経済を教えることはないのだが、小論文を指導することもあり、高校生のなまの知識に触れることがある。
 高校生にも千差万別あり、本書を手に取るような高校生はほんとうに経済に興味がある生徒だろう。多くは経済学とは何かをよくわからないまま、経済学部や経営学部、商学部に進学しているように思う。

 著者の小塩隆士氏は立命館大学、東京学芸大学、神戸大学、一橋大学で教鞭をとっておられるから、学生とじかに接してみて、学生がそれほど経済に興味をもって進学してきているわけではないことを自覚しているのだろう。

 経済学が実感を伴って必要だと感じられるのは、社会人になってからである。とくに政府や企業の活動によって自分の生活がダイレクトに影響を与えられるようになると経済の仕組みを知りたいようになる。
 だから、本書も高校生のための経済学入門と銘打ってはいるけれども、本当は高校生でも理解できるように書いた社会人向けの経済学入門なのだ。

 たとえば、所得格差をめぐる議論。
 所得格差の度合いを図る代表的な指標としてジニ係数について、当初所得で0.6に迫るほど大きかったジニ係数が所得再分配後は0.37程度に抑えられている状況から一見所得格差が是正されているように見えると指摘されている。
 しかし、これは高齢化という要因が裏で大きく働いており、若年層と高齢層との間の格差縮小が進んで、社会全体のジニ係数が低下しているように見えるだけであって、同じ世代で高所得者層から低所得者層へ所得再分配がうまく進んでいるわけではないと明らかにされている。
 所得格差をめぐる議論は立場によって統計も表面的・恣意的に解釈されることが多いので注意が必要と言及されている。


 この「立場によって統計が表面的恣意的に扱われる」という指摘は、社会人になって初めて実感をともなって受け止めることができるだろう。同じ事実について言及する課題であっても、立場によって正反対の評価をすることは社会でよくあることだ。だから統計の解釈についても慎重な態度が望まれる。特に近年は経済の分野で先鋭的な対立が起こっていて、正解がよくわからない問題について真っ二つの主張がなされている。

 
 たとえば、財政をめぐる議論。
 本書では、財政の議論について従来の財政破綻論に力点をおいている傾向はあるものの、「国債は政府にとって負債であるものの国民にとって資産である、したがって両者は相殺されるから財政赤字の拡大や国債の累積は何も心配することはない」という主張にも言及され、比較的公平な論述が展開されている。
 景気回復が先か財政再建が先かは2000年代以降の重要なテーマであり続けた。しかし、いまだに決着をつけられることなく試行錯誤が進んでいる。何を政策的に重視すべきかという視点の違いが鋭い対立を生んでいると指摘している。
 
 この議論も社会に出て自分がどの立場に立つかで現実味が変わってくるだろう。会社経営をするようになって従業員の社会保険料の負担や消費税の納税負担が重くなってくると、この原因が一体どこにあるのかと深く考えるようになる。机上の空論で考えてもおそらく現実味はない。

 著者もあとがきでちゃぶ台返しのように、高校生の頃は外国語や数学、自然科学や古典などの基礎的な学問を学ぶ方がはるかに大切だと述べている。

 そりゃそうだろう。

 経済学や法学、経営学などの実践的な学問や専門的な知識は、それが実感として伴う時期に学びなおした方がより身につくにきまっているように思う。
 
 

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