読後感想「財務省と政治」清水真人著

初版が2015年9月25日だから、55年体制が崩壊し自民党が下野して1993年に細川政権が誕生した前後から第二次安倍政権が発足して3年目ぐらいの2015年までの財務省と政治との関りあいを描いている。

 コロナ対策のために巨額の国債を発行しても、国債の消化に困ることもなく極端なインフレも発生しなかった現在の地点から眺めてみると、なぜあれほど財務省が財源にこだわっているのかはいまだに理解できない。

 しかし、当時は財政の持続可能性が本気で心配され、欧米の格付け会社による日本の国債の格付けの評価に右往左往され続けてきた時代である。一般向けのビジネス誌にも国債の格付けについて記載されていた記憶がある。
 予算を伴う経済政策の裏付けとなる財源に財務省がこだわったのも無理はない。政府の借金も国民の借金も混在して語られていた。高齢社会を迎え社会保障制度の持続可能性も疑われていたし、消費税増税もやむなしという雰囲気はとても強かった。
 消費税増税を反対する立場もどちらかというと増税によって生活が苦しくなるという観点からの反対意見が強かったように思う。

 現在のように消費税増税が経済に与える影響、デフレ時に緊縮財政を行う是非、政府債務残高GDP比の是非、自国通貨建て国債発行による財政破綻の可否、国債が将来世代への負担の先送りか否かなど財政の持続可能性についてこと細かく検討されている状況に鑑みると、財務省の主張には違和感を覚えることも多い。

 もっとも、財務省はミクロの官庁であってあまりマクロ経済には興味がないのだろうということはわかる。財政規律が達成されているか否かにだけ関心があり、財政規律を果たす過程で政治家の財政支出要求に譲歩するにすぎないのだというのは今も昔も変わらない。むしろ、財務省が熱心に仕事をすればするほど、財政規律は達成され景気は低迷するようだ。

 
 経済全体を見渡して政策決定をするのは結局のところ政治家であって、政治家がきちんと財務省をコントロールできなければならないのだろう。今のところ政治家は財務省にひきづられ財務省にコントロールされているようにしかみえないところがとても残念だ。

 政治家にも積極財政派と財政規律派の二つのグループがあり、財政規律しか念頭にない財務省は、財政規律派の政治家を増やし、積極財政派の政治家をいかに説得するかに腐心している。

 たとえ、消費税増税に反対していたとしても、民主党に系譜をもつ立憲民主党は基本的に福祉国家、すなわち大きな政府を志向するから、財務省に説得され社会保障の財源確保の観点から増税論に傾きやすい。


 これに対して、新自由主義を掲げてきた自民党は小さな政府を志向するから基本的に緊縮財政、財政規律を重んじることになる。
 したがって、小泉内閣は構造改革のイメージが強いが、財政で言えば財政規律を重んじる政権であり、消費税の増税はなかったものの、財政支出は削減されつづけた。背景には新自由主義による小さな政府指向にある。小泉が緊縮財政政策を採るのは論理的に当然だったのだ。消費税増税の封印も増税による歳出のゆるみを防ぐという文脈からの発想にすぎない。

 どちらの党が政権を担当しても、結局財務省が強ければ、財政緊縮か消費税増税を選択せざる負えない。

 特異な政治家が現れなければ、積極財政、消費税減税政策はとられないのだろう。

 自民党政権では小渕内閣が積極財政を採った。蔵相を引き受けた宮沢は所得税・住民税・法人税の恒久減税を導入しようとする。

 宮澤は数日間にわたり、首相秘書官として自らに仕え、縁戚でもある主税局長の尾原榮夫らと激論を戦わせた。所得・住民税の最高税率を六五%から五○%に下げ、税率の刻みなど累進構造も抜本的に改変する「恒久減税」を命じた宮澤。主税官僚の尾原は制度減税は景気対策の域を超えて止められなくなる、と反対した。財源のあてもないので、財政赤字が雪だるまのように膨張し、将来にわたって財政の致命傷になりかねない、と諫言した。

清水真人. 財務省と政治 「最強官庁」の虚像と実像 (中公新書) (p.125). 中央公論新社

官僚の反対にあい結局政策を実現できない政治家。財務官僚は歳入確保と歳入に見合う歳出しか考えていないが、政治家は経済全体や国民の生活状況や企業の経済活動に実態なども視野に入れている。見ているレベルが違うのに官僚に誘導されてしまう。

 2009年、民主党政権は政治主導を謳っていたが、結局は官僚とくに財務官僚のコントロールを受ける結果になっている。

 発端は、ギリシャ危機。
「日本の債務残高GDP比の数字で見たら財政状況はギリシャより悪い。」

 今から考えると、ユーロを通貨としているギリシャと自国通貨建で国債を発行している日本とを同じ土俵で財政状況を語ることはできないのはよくわかるのだが、ギリシャ危機当時は本気で日本の財政状況を心配した国民が多かった。

 その結果、民主党の菅内閣は、突然消費税10%の引き上げを発表し、国民の反発を食らうことになる。

 さらに2011年に東日本大震災の発災
 未曽有の混乱の中、菅政権を引き継いだ野田政権で、消費税増税は三党合意されることになる。この消費増税の合意がその後の2014年、2019年の二度にわたる消費増税につながる。

 増税実施で景気が落ち込むリスクにはマクロ政策で対処しうるが、増税延期で財政への信認を失えば、長期金利の急上昇など不測の事態が起きかねない

清水真人. 財務省と政治 「最強官庁」の虚像と実像 (中公新書) (p.313)

.  これが財務省の本音なのかもしれないが、財政への信認の肯否についてはもっと慎重な判断があってもいいのではないかと思う。
 いたずらに国民の不安を掻き立てるのは、かえって経済への影響が大きい。
 結局、財政収支しか関心のない財務省が大きな権限をもっているために、経済全体を見渡すべき政治家の政策がうまく実現できなかった30年だったのだということがよくわかる。
 積極財政の政治家と財務省が攻防を繰り広げて、財政政策と金融政策がちぐはぐな経済政策を実行せざるを得ない現状が日本の不幸である。

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