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歌い手の底力を見せつけた中嶋彰子〜【Concert】AKIKO NAKAJIMA & FIRENDS "CABARET NIGHT"

今年デビュー30周年を迎えた国際的ソプラノ・中島彰子。アニヴァーサリーを記念し、東京・丸の内のコットンクラブで2日間にわたってライブを開催。その2日目は"CABARET NIGHT"と題し、1920年代のヨーロッパ(特にベルリン)の芸術キャバレーを現代に蘇らせる一夜となった。

実は中嶋は2018年に「東京・春・音楽祭」の企画のひとつとして、東京・鶯谷の東京キネマ倶楽部で同様のスタイルのライブを行っている。その時は、2回公演で2回目はオールナイトという破格のイベントとなったが、今回は時間的にも80分ほどと短く、また場所も東京キネマ倶楽部よりずっと親密度の高い空間で、リラックスして楽しめた。MCは前回と同じくシャンソニエの聖児セミョーノフ。オープニングに映画「キャバレー」の冒頭シーンをそっくりそのまま持ってくるスタイルも前回と同じだ。プログラムは映画「キャバレー」のナンバー、「愛の讃歌」などのフランスのシャンソン、クルト・ヴァイル『三文オペラ』からのナンバーを中心に、武満徹、ピアソラなどバラエティに富んだ内容。また、バーレスクのダンサーやパフォーマーなども登場し、「キャバレー気分」を盛り上げた。

前回のレビューで私は、この企画はあくまでも「1920年代のキャバレー的なもの」だと述べたが、今回もその評価は変わっていない。だが、この夜の80分については、そうした精神性を云々する必要はないと感じたのも事実だ。それは、凝縮した内容だっただけにより「音楽」そのもののレベルの高さが印象に残ったからだ。例えばゲストとして登場したアコーディオンの桑山哲也のパフォーマンス。特に息を吹き込んで演奏するアコーディナという楽器が使われた「Caruso」(大テナー、エンリコ・カルーソーの晩年を描いた曲)は、震えるような響きがまるで人の心そのもののように聴こえた。

そしてなんといってもすごかったのは、主役・中嶋彰子の歌い手としての底力だ。ヴァイル『三文オペラ』からの「メッキー・メッサーのモリタート」と「バルバラ・ソング」では、寸劇風に仕立てた舞台で、時に語りを交えながら歌う独自のスタイルでの演奏。しかしどれほど形を崩そうとも作品の世界をしっかりと理解した上に打ち立てられた表現は、確かなテクニックに裏打ちされており、非常に大きな説得力がある。日本人歌手によるこれほど豊かな「モリタート」を私はこれまでに聴いたことがない。

ラストは斎藤雅昭のピアノ伴奏でシュトルツの「Das Lied ist aus」を歌い上げた。アンコールでは涙ぐむ場面もあったが、30年の節目にあたり、越し方行末を思ったのだろうか。しかし中嶋自身が「私の人生はまだまだこれから」と語ったように、30周年はオペラ歌手・中嶋彰子にとってひとつの通過点に過ぎないだろう。彼女が魅せてくれる世界が、さらに広がっていくことを期待したい。

2021年9月19日、コットンクラブ東京。

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