見出し画像

陽だまりの猫

 休日の朝は目覚ましをかけない。夫は朝ごはんは食べない人だし、子どももすでに巣立って、私の睡眠を邪魔するものは何も無い。あぁ、幸せだと心から思う。魅惑の2度寝、3度寝を堪能した後、のろのろとベッドから這い出した時、時計は9時を指していた。

 いつものように、まず神棚の水を替えて『どうか健康で有りますように』と祈った。冷蔵庫を開けると昨夜の豚汁とご飯があったので、それに漬物を添えて頂いた。温めた豚汁から立ち昇る湯気が視覚を刺激し、口から流れ込むさつまいもの優しい甘さと温かさに、身体の奥が小躍りした。

 外出する時に、寒さをシャットアウトする服装と歩きやすい靴を選ぶのが今の季節だ。スニーカーと裏起毛のパンツを繋げる靴下、首まわりを守るマフラー、それぞれ隙間なくセッティングしなければならない。川沿いの小径を歩いていると、マフラーが触れない耳たぶに、冷たい風が通り過ぎて行った。ピシャと音がする方を見ると、川から白鷺が飛び立つのが見えた。


 扉を開けようとしたら、掃除機の音が聞こえてきた。そっと実家から引き返し、近くの広場のベンチに腰掛けた。今朝は10時過ぎに病院へ行き両親の薬を処方してもらった。薬局で薬と缶の栄養補助ドリンク1ケースを貰い実家へ向かったのだけど、ヘルパーさんと時間が被ったみたいだ。お掃除の邪魔をしたくないので、しばらく陽だまりに身体を任せた。

 雲ひとつない天気だった。青い空の麓に遠くの山の稜線が見えた。ぱらぱらと音がして、左上空を見ると、一部がオレンジ色になったヘリコプターが飛んでいた。その奥の方では、風を操るスカイライダーのように、トンビが二羽舞っていた。そのすぐ下には、稜線からはみ出た樹々が太陽の光を受けて風の吹くまま気ままに揺れていた。

 ほんの10分、20分ぼーっとしただけで、世界は私だけの物語になっていた。朝は好きな時に起き、お腹は満たされて、陽だまりに包まれた身体はゆるりと弛緩して、おそれも哀しみも感じなかった。静かに満たされていてそれが平和なんだなぁ、と感じた。

 ベンチの横にはいつの間にか猫がいて、大きなあくびをしていた。




 

 

この記事が参加している募集

猫のいるしあわせ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?