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平凡な日々

 夜勤に入る前、夜食をスーパーで選ぶのが好きだ。夜食はどん兵衛と明太チーズパン、朝に食べるのはアンドーナツとステックココアを選んだ。襲いくる眠気を甘さで一途両断、8時45分の最終決戦まで戦い抜くのだ。一緒に入るスタッフにおすそ分けするお菓子も考えて、ちょっとビターなチョコレートを買った。うん、完璧な布陣だ。

 夜勤明けはゆっくりお風呂に入った。入浴剤を選ぶのも好き。炭酸ガスが出るタイプに泡がモコモコ出るもの、定番バスクリンを思わせる淡いグリーンの入浴剤など気分に合わせて選んだ。お湯は40度、肩までゆっくり入り10分浸かる、それがベストだと、お昼の情報番組が言っていたので忠実に守ってみる。心なしか心身がまろやかになった気がした。

 夜勤も試験も終わった事だし、noteに文章を書こうと思う。Twitterでは好きなものについて感情そのままに呟く。Facebookでは読んだ本の紹介をしよう。それぞれ違った文章で表現してみたい。人にとっては興味もないだろう、ほんのちょっとした楽しみ。ちょっとした違いがその人自身の枝葉となって空へ伸びていく。


 夜勤明けの次の日、実家へ行った。タバコと、ジェル状のエナジードリンク、ポカリスエット、あんぱん、クリームパンを持っていった。父はベッドに寝ていて、母は車椅子に乗っていた。お昼ご飯はまだだというので、冷凍庫から吉野家の牛丼を取り出し湯煎することにする。アルミの片手鍋はちょっと触れただけで転がりそうなくらい軽い。少し前までは母も使っていたけれど、腕が上がらなくなり、今は父がお湯を沸かすだけだ。

 玄関のチャイムが鳴り、若い女性が宅配弁当を届けに来た。土日以外毎日届く弁当は、両親の生活には欠かせない。しばらくして思い出した様に母が言う。宅配弁当のキャンペーンがあっていて、応募券を引き出しに入れていると。それを点線通りに切り取って台紙に貼って欲しい、ハサミでうまく切れないからと。母の記憶通り、引き出しには6枚の応募券があった。

 よくみると、キャンペーンの締め切りは今日だった。配達員は帰っている。母にはもう間に合わないと言ったけど、とりあえずハサミで三角形になっている応募券を切り台紙に貼っていく。何だか、懐かしい感覚がした。私が小学生の頃、買い物の金額に合わせてポイント券をくれるスーパーがあった。昔の切手みたいに裏に糊が付いていて、それを100枚くらい台紙に貼り持っていくと500円割引だった。母はよく台紙貼りを私に頼んでいた。

 去年のキャンペーンでは、味付け海苔を貰う事が出来て、嬉しかったと母は言う。金額にして500円以下で買えるもの、それでも期日が過ぎたことを残念そうに顔をしかめる。いつでも買えるじゃない、そう心で呟いてみる。いや、お湯さえ沸かせない母の出来る事、応募券を引き出しに集めて応募する、それを、そんな小さな事なんて言う権利はないのだ。

 帰りがけにスーパーに寄って、職場に持って行く歯ブラシセットを買った。うさぎの絵がついた歯ブラシとオレンジ色のキャップとブルーの花柄のポーチ。500円もかからないそれを選ぶのに何度も迷った。買った後ちょっと気分が上がった。時は金なり、偉人は些細なことで迷う時間を無駄だと言うだろう。でもいいんだ、それが私だから。

 明日の夜は書店で手に入れた本を読もう。


 

 


 

 

 

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