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過去と手を繋ぎ、それでもその先に手を伸ばすんだ

 病院の入り口でセンサーがピィーっと、けたたましく鳴り響いた。モニターには37.8度の数字と共に『係員をお呼びします』との表示。炎天下の道路を数分歩いただけで、日傘が溶ける様に熱い。その熱のせいで体温を誤って感知したらしい。数秒後液晶画面に映る私は、通常体温に戻っていた。

 父が入院して2週間が経った。面会禁止だが、手術をするかしないか決める時だけ会うことが出来た。胃瘻は死んでも嫌だと父は言い、皮下埋め込み型留置カテーテル挿入術を選んだ。これで施設入居する事は出来なくなる。手術が済むと療養型病院へ転院する事になる。帰り際、握手した父の手はいつもより力強く、なかなか私の手を離さなかった。



 どんよりとした気持ちで帰ったその夜、同僚から連絡があった。所属する病棟でコロナ陽性者が出たという。それから濃厚接触者の患者さんやスタッフ全員の陰性結果が出るまで、緊張した日々を過ごした。スタッフの人数は不足し、残業も増えた。慣れない緊急事態に、心身が悲鳴を上げていた。出来合いのお惣菜を買う日も増えた。

 正直、このタイミングで父が入院してくれて良かったと思った。自分が陽性になったら、濃厚接触になる父の元にはヘルパーさんも来れないだろう。92歳の父にうつしたら…それこそ大変だ。それに、このままだと、仕事と介護に追われて、自分自身の体力、気力が限界を迎えるだろう。…随分自分勝手な思いだ。父の生活は父自身のものなのに。



 消毒液を手に擦り付けた後、父への差し入れを病院の受付の人に渡した。差し入れは電話用の小銭を、赤い花柄の小さなガマ口に入れたもの。私のケータイ番号を書いた手紙も預けた。そして、テレビカード5枚。父は去年からお酒を飲めなくなり、タバコも電子タバコにして、あまり吸わなくなっていった。少しずつ好きな事を手放した父は、テレビを見る事だけが唯一の楽しみになった。きっと今も、野球中継を見ているだろう。



 外は暑さが濃かった。バスに乗りこむと、首筋に冷風が入り込み、身体を丸ごと冷やしてくれた。いつも通っていた、実家から家のそばのバス停までとは違うバスのルート。時々見覚えのある景色が垣間見えた。高校の頃、一度遊びに行った友達の家。その時初めて、マンガ『What's Michael?』を借りて読んだっけ。猫を飼っていた彼女の家は電気屋さんだった。その場所は今、白い近代的なマンションに変わっていた。

 初めて付き合った人の家の前も通った。彼の部屋はオシャレで、壁に備え付けられた棚にギターが飾ってあり、いくつかの観葉植物も置いてあった。小振りのフェニックスロベレニーが、窓辺で黄緑の葉を広げていたっけ。車窓から見えた家の庭には、大きくなったフェニックスロベレニーが緑の葉を茂らせていた。表札には知らない名前が、当たり前のように存在していた。



 風景は流れていく。知っている街も、人も変わっていくし、それは止められない。父は、好きだった甘露飴をもう口にする事はないだろう。私が学生の頃、マラソンで先輩を抜いて走ったあの黄金の脚も、とっくにないだろう。親子揃って車に乗り、わちゃわちゃ喋りながら、ファミレスに行くことも、もうないだろう。 

 溢れ落ちた時間の中に幸せを探していたら、キリがない。物思いに耽っていると、降りるバス停が近づいてきた。ボタンを押そうとして、ふと止めた。ベランダに布団を干しているけど、まだ取り込まなくても大丈夫だろう。午後3時半、日暮れまではまだまだ時間があるのだから。

 ふたつ先のバス停で降り、100メートル程歩いた場所にある、緑に覆われたカフェに入ってみた。薄暗い店内には自家焙煎のコーヒーの香りが漂い、30〜40代の女性が3人、それぞれひとりで食事をしていた。静かでクラッシックな雰囲気が心地いい。オムライスとアイスコーヒーを注文し、黄緑色の小振りのバックから本を取り出し、ページをめくった。

 オーナーがオムライスとアイスコーヒーを運んできて、テーブルの上にそっと置いた。オムライスの上に乗っている、黄色い玉子をオーナーがナイフでゆっくりなぞると、ぷるんとした半熟卵が溢れてきた。もわっとした湯気が立ちのぼり、デミグラスソースの熟成された茶色のソースと、鮮やかな黄色い卵が溶けあっていった。



 アイスコーヒーの氷が溶けて、カランと夏の音を立てた。



 


  

 

 



 





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