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サクラべー(ベーゴマ考25)

■大正15年 / 昭和元年 (1926)
関西にてベッタン(めんこ)・バイ(ベーゴマ)大流行
【オチョコ・渦跡バイ・メンバイ・桜ベー】

大正から昭和の初め、
一世風靡したベーゴマがある

『サクラべー』
と呼ばれるものである。

左から昭和初頭。1番右が現行の中高のサクラべー

個人的な考察としては、
このサクラべーは

おチョコべーと
角六の間に位置する

初期のサクラたち

というより、
桜の形がデザインされていれば、
その形に形成したいと思うのは
当然の衝動だ

このサクラべーの登場により
桜の形にヤスリをあてる子があわられ
戦ってみると角がある分強い

それをみた子どもたちは
とうぜん、他の丸六などの丸型も
地面に擦り付けるなどして
角をつけ、自作角六が登場する

大正から昭和初期のサクラ

サクラべーの成功を見て
ほかの鋳造所も同型の製作を、はじめる
星型やオリジナルの桜型、アサガオと呼ばれるものがこれに当たる

星型 裏面を見るかぎり、かなり古い鋳物
5角の星べー当然五角削る
他社のサクラべーと思われる(ひとまわりおおきい)
アサガオと呼ばれるタイプ

桜型から
星型などに派生していったとみて
間違いないだろう。

あるいみ、最初の塗り絵べーに近いかもしれない。
鋳造された鋳物の質をみると、
黒く、ゴツゴツしているものが
大正から昭和初期とおもわれる。

その後戦後になっても
サクラべーは
鋳造されたようだ

メンバイは関西のバイであったが
サクラべーが
関西由来なのか、
関東由来なのかはわからない。

初期の戦前のものは
関西が多いのではないかとおもわれる。

この型は戦後らしい
戦後?かなー

同じサクラべーの型で
戦前のものか
戦後のものかを判断することは難しい。

あくまで、
何となく('')……だwww

そして、加工してあると
ますますわからない。
そのへんは
川口市郷土資料館さんのページから
みなさんが判断して欲しい

戦前のものが戦後に加工されたものもあるだろう。

オレンジ色のものは
『蒸着』という、メッキにちかい加工をほどかされたものではないか
とおもっている。

これだけ、年代不明。鋳物としてはかなり細かい鋳造である

こどもたちの遊びは
完成されたものでなく、
『工夫』する余地があるからこそ
熱中するのだ。

子どもの工夫と
製造元の
ニーズをキャッチするアンテナ
そして、思い描いたことを型におこす技術

サクラべーは
回すというテクニックに
加工という新しいベーゴマの楽しみ方をもたらした存在。

今後は『ザビエルべー』とよんであげてください。

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