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【マガジン】最適化について

「経済的最適化」という言葉を最近聞く事が頻回にあります。
経済的には効率がいい方がいいので、一極集中の都市化になり、直感や感情などの余計なものよりも数字で示せるものの方が説明責任が取れて、それが合理的であると。
この経済的な最適化に進むと、人間としての思いや個性というよりも経済的に最適なものだけが残って、それ以外は不適応になって生きづらくなってしまうと。
確かにそうだなと。
でも、「最適化」自体は僕は重要な視点だと思っています。
上記の例は、「経済的な」ということが前提であって、例えば「個性的最適化」が生きる事だと思うし、「生物的最適化」が健康だと思うからです。

最適というのは、「最も適した状態」ですから何ら問題はなく、というか一番いい表現だと思っていて、そうではなく最適化のその結果として「いいとか悪い」とかいう価値観の押し付けなり断言することが問題だと思っています。

つまり、経済的価値観から見た最適化では、効率がいいか悪いかが価値判断になるので、例えば時間がかかることはコストというマイナスな価値になってしまうということです。
でもそれは、最適化した後の話なので、その結果をどういう価値観で受け止めるか、またはその結果を判断するかは別の問題だと思っています。

最適化とその後の価値判断は切り離すことができるというのが僕の考えです。
最適化自体を問題があるとしてしまうと、最適でない状態に何かしらの意味を持たないといけませんが、それは課題だらけであり、決して理想的なものではないと思います。
健康を例にとればわかると思います。
ホメオスタシスは、身体の内部環境の最適化をしてるわけで、その破綻が病気です。
ただ、お酒や徹夜など体に悪いというものでも、身体的な最適化ではNGだけれどもそれとはまた違う文脈(例えばコミュニケーションや娯楽)での、価値判断を優先することもまた、価値判断が人間に任せられているからこそ可能なのでしょう。

今回は、この最適化と価値判断について、最近思うことをまとめてみたいと思います。

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外ではあまり話すことのない僕のこだわりや仕事術、まとめ術などをここだけでお伝えしていきます。臨床20年、独立して10年の試行錯誤のリアルな経験談をお伝えします。

ヨガ・ピラティスインストラクター、理学療法士、温泉利用指導者、株式会社の代表取締役など様々な立場で、色々なことをしている中村尚人の、考え方…

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