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食べれ、絶望に追いつかれない速さで。

ゴールデンMIX レストラン バンビ@四谷


 忙しい日こそトラブルが集中する。
 金持ちにお金が集まるように。
 それが、なぜ起こるのかはわからない。しかし、たいていの大人はそのことを経験済みだ。

 世の理や不条理を実体験し、諦めて受け入れて、自分の心といい塩梅に折り合いをつける。その数と経験値を積み重ねるほど「大人になる」ということなのかもしれない。そしてその先には、その状況すら客観的に達観的に感ぜられる領域があって、そこに辿りつける人が聖人とか呼ばれるようになるのかもしれない。

 とそんなことを考えてみるが、僕にとって今日はそういう日で、忙しくてドラブルが集中している。しかも一向に状況は良くならない。調整や交渉をした結果、今は返事を待つしかない状況になった。じたばたしても何も進まない。聖人に辿りついた人なら、達観して「今は待つしかないので、そこに悩みや不安を抱くなんて無駄なだけだ」と割り切れるのかもしれない。何せ答えはシュレーディンガーの猫なのだから。しかし、僕はただ歳を重ねただけの凡人で、なんなら大人になりきれてもいない。この待っている時間はただ悩みや不安を増長させ、プレッシャーを感じてジリジリするだけなのだ。
 こういう答えが返ってきたら、こう切り返して、折衷案を探ろうとか、NOという返答が返ってきてしまった場合には、それを打開するために、どういう方法があるだろうか? とか堂々巡りに考えてしまう。さらに最悪な事態も想定して憂鬱にもなる。そんな時に「返事はまだ返ってこないですよね?」とか「進捗どうでしょう?」などの催促を求める電話も次々にかかってくる。だからまた、ただ待つしかない時間に苦しめられてしまう。

 待つしかないのだ。戻ってきた返事への対処方も数パターン考えてある。だから、あとはこの妙なストレスを感じる思考を止めるための別の行動こそが必要だ。

 よし、飯でも食おう。
 幸い昼過ぎの時間だ。食べることに没頭して、余計なことを考える隙を与えなければいい。
 ストレスに、絶望に、追いつかれないくらい飯を食べよう。

 四谷のスタジオにいたので、とにかく満腹にしてくれそうな店に行くことにした。歩きながら店を眺める。「とんかつ たけだ」は行列ができていたので、通り過ぎる。と、昔ながらの洋食屋「バンビ」が見えた。店内を覗くと2席くらい空いている。よし、今日は「バンビ」だ。

 食券を買うのはたいして迷わなかった。バンビに入ると決めた時から。ハンバーグを食べようと思っていたし、ハンバーグと他のものが合わさったMIXセットにしようと思っていた。とにかく余計なことを考える暇を与えないようにするには色々な種類を食べるのがいいように思えたのだ。だから、ゴールデンMIXをポチる。ゴールデンMIXはハンバーグ、ポークソテー、エビフライ、カニクリームコロッケの人気メニューを全部揃えたセット。これしかないよね。

 食券を買って席に着くと同時に、コンソメスープが出てくる。間髪を与えない感じがいいねぇ、今の僕にはありがたい速度。コンソメスープを口にする。結構いい感じ。洋食屋に来たっていう実感が湧いてくる。「バンビ」は本当に昔ながらの洋食屋さん。昔は銀座とか新橋とかにもこういうお店が結構あったように思える。そういえば僕が小学生の頃、80年代のデパートの最上階にあるレストランのメニューって、クリームソーダとかパフェとかそういうタカノフルーツパーラーみたいなメニューもありつつ、こういうザ・洋食がメインだった気がする。

 そんなことを思っているうちに、ゴールデンMIXが僕の前にやってきた。
 うーん、いいなぁこの感じ。

ゴールデンMIX

 ハンバーグを一口食べて米、ポークソテーを一口食べて米。いやー、実に普通だけど、旨いね。エビフライもカニクリームコロッケも、実にフツー。だけど、こういうフツーなフライをタルタルまぶしながら食べるのって、すごくいいよね。付け合わせもサラダ、でかい人参グラッセ、フライドポテト、そして何故だか、もやしナムル。よくわからない取り合わせだが、4種のメインメニューに対する4種の箸休めとして意外と合うことに気が付く。

 そしてこれまたいい感じに、僕は余計なことを考えずに4つのメインメニューたちと格闘することに集中できていた。なにしろ思ったよりボリュームがあるのだ。ハンバーグとポークソテーはそれなりの肉量で濃いめの味付け、エビフライとカニクリームコロッケは揚げ物でさらにタルタルソースがかかっている。とにかく、休むことなく食べ続けなければ、食べきれない可能もある。フードファイターの理屈と同じで、満腹中枢が刺激される前にいかに食べるのかが重要だ。しゃにむにおかずと白飯をかき込む。旨い、ただそれだけの時間で満たされている。最高だ。

 最後に残ったコンソメスープを喉に流し込み、「ごちそうさまでした」と店を出た。

 空を見上げると、晴れていて、風もあまりなく、春というのにふさわしい陽気だった。
 こんな素敵な日に、なにもくよくよ迷ってストレスを感じることなんかない、と思わせる陽射しを浴びながらスタジオへと歩きだす。

 歩き出してすぐ、別のくよくよが僕を襲う。
 こんなに食べなくてもよかったんじゃないか?
 腹一杯すぎて、ちょっと具合が悪い気がする。

 追加された新たなストレスを感じながら、すでに僕は先ほどまでの問題を思い出し、不安を抱え始めていた。
 飯を食うというのはただの一時凌ぎの逃避行動でしかなかったらしい…。


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