[2−30]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
第30話 ティスリは不敵に笑っている
地下水路から無事帰還したアルデたちは、グレナダ姉弟をアパートに送り届け、三馬鹿兄弟に簡易魔具を与えて解放し、黒づくめは尋問するのも面倒になったのでその辺に捨てたあと、旅館へと帰ってきた。
そして旅館のエントランスに入ったところでティスリが言った。
「ふむ……今夜はもう一仕事する必要が出てきました」
「どういうことだ?」
「発信源の動きが止まりました」
ああ……そういえば、わざと逃がした剣士の男には発進魔法を仕掛けてあったんだっけ。止まったということは移動をやめて、屋内かどこかに入ったということか。
「どの辺で動きが止まったんだ?」
オレが問いかけると、ティスリはつまらなそうに言ってきた。
「方角は貴族街で、その最奥──つまり領主の居城付近ということです。わたしの予想はどうやら的中しそうですね」
「なるほど。逃げ去ったその足で、何かしらの報告に行ったということか。配下の黒づくめはみんなやられているしな。ならすぐに行ってみるか」
そしてオレたちは、再び飛行魔法で旅館を後にする。
都を見下ろし、オレは「空を飛ぶのも慣れてきたなぁ……」などと考えながらティスリに聞いた。
「居城まで行った後はどうするんだ?」
「今踏み込んだところで、大した証拠を押さえることも出来ないでしょうけれども、黒幕の顔くらいは確かめておきましょうか」
発進魔法も発信源に近づくほどにその精度が増すそうで、だから貴族街上空をしばらく飛んでいると、剣士が領主の居城に滞留していることもはっきりと分かった。
こうなるとティスリの予想通り、陰で糸を引いているのは領主で決まりだな。
オレたちは、居城の近くにある時計塔の屋根にいったん降り立つ。城を眺めながらティスリが言った。
「これで領主が黒幕なのは確定ですが、念のため、潜入捜査もしてみましょうか」
「潜入って……城にか?」
当たり前だが、城という建物は外敵を排除する構造になっている。衛兵もたくさん巡回しているわけだから、そこへの潜入なんて普通は考えないし、どうしても潜入しなくてはならないのなら、命の保証はないと思わねばならない。
だというのにティスリはあっさりと言ってきた。
「ええ、城にですよ。わたしの潜入魔法があれば造作もないことです」
「だと思ったけど……なんというか、お前ってもうほんとなんでもアリだな」
この国の王女──つまりティスリ一人いれば、小国を滅ぼすことなど造作もないと、衛士をやっていたころ聞いたものだが、その噂は誇張でもなんでもなかったことを改めて思い知った気分だ。小国どころか世界をも滅ぼせるんじゃないか?
潜入魔法一つとったって、どんな城でも出入りし放題なわけだし、であれば気に入らない国の王様を誘拐したり暗殺したりとやり放題だしなぁ。
オレが物騒なことを考えていたら、ティスリが得意げに言ってくる。
「わたしに不可能なんてないと言ったでしょう?」
「さいですか。まぁそれなら、さくっと潜入して終わらせようぜ。腹も減ってきたしな」
そうしてティスリが潜入魔法を発現させて、オレたちは居城へと向かう。
(ま、まさか……透明になるとは……)
潜入魔法を目の当たりにして、オレは、驚きを通り越してあきれた気分でつぶやくと、そのつぶやきも声ではなく頭の中だけで響いていた。
ティスリの声も、頭の中に直接入ってくる。
(実際に透明になっているのではありません。動物の擬態を光学的に再現したのです。人間の目は特定の光しか見られませんから、その仕組みを利用して身を隠しているわけですよ)
(うん、何いってんのか分かんねぇよ……)
光がどうのこうの言われても、それでどうして透明になれるのかなんてさっぱり分からん。むしろ光って目立つのではなかろうか?
オレがそうぼやくと、半透明に見えるティスリが呆れ顔を向けてきた。半透明に見えるのは仲間であるオレだけらしい。
(まったくあなたは……少しは勉強しないと頭にカビが生えますよ?)
いや、ティスリが言っていることを理解出来る人間なんて、魔法学専門の学者でもない限り無理だと思うが……
そんな天才の説明が続く。
(それと気配や匂いも消えていますから、動物に感知される恐れもありません。すでに体験しているように音声は念話に変換されますから声も漏れません。当然、足音や衣服の衣擦れも遮断しています)
(いや……もうそれ、透明人間になっているのも同然じゃん……)
(ですから違いますよ。透明になったのではなく、姿を光学的に処理して──)
眠くなりそうなティスリのうんちくを聞きながら、オレたちは、居城正門から堂々と入っていく。
正門詰所で受付をしていた衛兵の目前で、オレは手をヒラヒラと振ってみたが、気づく様子はまるでなかった。
(すげぇな……この門番、まぢで見えてないぜ?)
(バカな事やってないで行きますよ)
そしてオレたちは、衛兵は元より、庭に放たれている番犬にすら気づかれることもなく城内に立ち入った。
発信魔法は、城内のどこの部屋にいるのかまで分かるようで、ティスリは迷うことなく歩いて行く。
そうしてオレたちは、居城最上階の豪華な扉の前にやってきた。
(どうやら、領主の私室のようですね)
ティスリはそうつぶやいてから、両開きの扉の左右に控えていた衛兵に何かしらの魔法を掛けた。何をしたのか不思議に思ったオレは、衛兵に近づいてみると……なんと寝ている。
(こ、こいつら……立ったまま寝てるぞ!?)
(五感を司る意識だけ眠らせて、無意識に立たせているのです。魔法を解除したとき、倒れていたら不審に思われるでしょう?)
(な、なるほど……けどコレって頭はだいじょーぶなの?)
(精神操作系の魔法でも、睡眠関係なら問題ありません。まぁ正確には麻酔ですが)
(へぇ……そうなのか)
まぁ……ちょっと不気味だけど、ティスリが大丈夫だと言っているのなら大丈夫なのだろう。どこまでがボーダーなのかオレにはさっぱりだったが。
そんな感じで衛兵を眠らせたティスリは、両開きの扉をわずかに開けた。
(いました。あの剣士と領主です)
オレも隙間から覗き込むと、確かに、さきほど戦った剣士がいる。剣士は一人掛けのソファに脚を組んで座っていた。領主の前だというのに存外偉そうな態度だな。出入口の角度的に斜め後ろの姿しか見えないが。
その対面に座るのが領主なのだろう。こっちはちゃんと顔が見える角度で、見るからに人相が悪かった。でっぷりと太った男で、歳は50過ぎといったところか。頭も禿げ上がっている。
オレは、念のためティスリに確認する。
(領主で間違いないのか?)
(ええ。年に一度の拝謁式で顔を見ています。ヴェール越しですので、領主はわたしの顔を知りませんが)
ああ、確かエライ人──とくに女性は、相手と顔を合わせないよう、謁見の間ではヴェールを掛けて姿を隠すんだったな。衛士程度のオレでは、そもそも謁見の間に入ること自体許されなかったので、そんな状況を見たこともないが。
ってか、領主でもティスリの姿を見たことがないというのに、今こうして、ティスリの間近にいるオレは、実はとんでもないことをしているのではなかろうか? 前に旅館では半裸まで見ているしなぁ……
半裸を見たことは絶対に蒸し返さないようにしよう、などと思っていたら、部屋の中から声が聞こえてきた。領主が話し出したようだ。
「本当に、ダークホースは出場しないのだろうな?」
「ああ、大丈夫だ。先の戦闘で負傷を負わせた。腕の骨を砕いた手応えもあった。向こう数カ月は戦闘できまい」
どうやらベラトのことを話しているようだ。だからオレはティスリに言った。
(早くも決まりだな)
(ええ、八百長の黒幕は領主で間違いないですね。裏金のことを漏らすかもしれませんし、もう少し会話を聞いてみましょう)
オレは頷くと、再び部屋の中に視線を送る。
すると領主が、渋面を崩さず口を開いた。
「それならなぜワシの配下は全滅したのだ?」
「ダークホースの知り合いに魔法士がいてな。そいつにやられた」
「魔法士? 魔法士に接近戦でやられたというのか」
「そうなるな」
「バカを言うな。魔法士が剣士と直接戦えるわけなかろう」
「希に、魔法剣士という人間も存在する。その類いの女だったんだろうな」
「魔法剣士……おい、ちょっと待て。だとしたらその女、大会に出場するのではあるまいな?」
あのおっさん、なかなか鋭いな……などと思っていると剣士は言った。
「そうかもしれんが武術大会で魔法発現は禁止だ。あの女の戦闘はあくまでも魔法主体だったし、ならば問題ないだろ」
「そうかもしれんが……念のため、それはこちらで調べておく」
「用心深い男だな」
おいおい……調べた結果、もしもティスリに行き着いたのなら、あのおっさん、大会を前にして身の破滅は間違いないぞ?
でもまぁ……どうせ大会後は身の破滅だろうし、遅いか早いかの違いか。
オレはチラリとティスリを見ると、ティスリは不敵に笑っている。今すぐにでも飛び出しかねない表情ではあるが……まぁそれでも圧勝だから問題はないが、今のところ、裏金やマフィアに繋がるような会話は出ていない。
だからもう少し泳がせておく必要があるのだろう。ティスリが室内に押し入ることはなかった。
そんなティスリの顔を眺めていたら、室内では領主が剣士に言っていた。
「お前にも大金を掛けているのだからな。万が一にでも負けるようなことがあれば──」
「分かっている。すでにダークホースも排除したのだ。問題ないだろ」
そういう剣士の口調はウンザリしている様子だった。だからか剣士がソファから立ち上がる。
それを見たティスリが言った。
(これまでのようですね。退散しましょう)
そしてティスリは、衛兵二人に掛けた睡眠魔法を解除する。衛兵は、なんどか瞬きをしただけだった。自分が眠らされていたことにも気づいていないらしい。
そうしてオレたちは、剣士が部屋を出てくる前にその場を後にした。
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