[2−40]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
番外編3 ティスリと水の都
領都に到着したアルデたちは、旅館のチェックインを済ませた後、観光することにした。
領都は水の都とも呼ばれていて、観光客も多く訪れている。まぁその大半は貴族ではあるが。
オレは、子供の頃に何かの用事で家族一緒に訪れたことがあったのだが、何しろまだ小さいころだったのでほとんど覚えていない。断片的な記憶しかなくて、やたらと橋が多かったとかその程度だ。
そもそも大多数の平民にとっては、観光旅行なんて出来るお金もなければ時間も習慣もないので、今こうしてティスリと旅をしていること自体、とても珍しいんだけどな。冒険者だって、旅をするパーティは少数派だと聞くし。
そんなわけで、せっかくだからオレは観光を満喫している。
「いやぁ……それにしても、この都は面白いな。あそこの建物なんて、小舟に乗ったまま建物に出入りしているぞ」
オレが指差した方向にティスリも視線を向ける。
「この都は、もともとがツタの生い茂る入り江だったそうですからね」
「なんでそんな場所に街を作ったんだ?」
「なんでも、蛮族に追い立てられて逃げ延びた先がここだったそうですよ」
「なるほど。入り江なんて不便な場所、欲しがるはずないもんな」
「そうだったんでしょうね」
そんな発祥から領都にまで成長したんだから、先人の努力はすごいの一言だ。
多くの建物は、海の上に建っているかのような構造をしていて、車道や歩道より水路のほうが圧倒的に多い。そもそも都の中心地は馬車での移動は禁止だという。馬車が通れるような道がないのだろう。
だから当然、オレたちは今も乗合船に乗って移動している。今は比較的幅の広い水路だから、30人くらいが乗れる舟で移動しているが、街の奥に入るほどに水路の幅も狭くなり、そうなると乗合船では移動できなくなる。
だから最大四人乗りの手こぎボートに乗って移動するそうだ。手こぎといっても漕いでくれるのは船頭で、オレたちは乗っているだけでいいらしい。
「お、ティスリ。あのカラフルな建物はなんだ?」
「地元民が、自分の家だと分かるように塗っているそうですよ」
「そうなのか、見事だな──ん、あっちの尖った屋根がたくさん付いている建物は?」
「あれは大寺院ですね。この国でも有名な寺院で観光名所の一つです。あとで行ってみましょうか」
「そうだな、中にも入ってみたいし──あ、向こうの橋には人がたくさんいるけど、あれはどうしてだ?」
「この街最古の橋で、有名な芸術家が設計したとのことです。だからやっぱり観光名所になっています」
「橋一つ取ってもすげぇな。あそこにもあとで行ってみようぜ」
などと、物知りのティスリがガイド役になってくれているので、オレは飽きることがなかった。せっかく有名な建物を見ても、その由来が分からなければ面白みも半減してしまうからな。ティスリがいてくれて助かるわ。
それからオレたちは乗合船から下船すると、昼の軽食を取ることにした。
細い路地に何十軒も飲食店が並ぶのは、なかなかどうして圧巻だ。この都の活気が垣間見える風景でもある。
「ティスリは、こういう場所での食事って大丈夫なのか?」
とはいえティスリは王女様だから、こんな下町になんて来たこともないだろうし、そこの食事が口に合うかも分からない。
まぁこれまでの宿場町での様子を見る限り、料理についてはうるさくないようだが、礼儀作法とかマナーとかは気にするヤツだからな。
そう思ってオレが聞いてみると、ティスリは、興味津々といった感じで頷いた。本人は、その表情を隠しているつもりらしいが。
「問題ありません。郷に入っては郷に従えという格言もありますからね……まぁ、歩きながら食事するのにはまだ抵抗がありますが……」
「じゃあ、屋台じゃなくて店の中に入って食おうぜ。狭そうだけど、立ち食いとかならあるだろ」
そしてオレたちは、人がすれ違える程度の路地に入っていく。狭い路地だというのに人で溢れているので、オレたちは一列になって奥へと進んでいった。
そうして、そこそこ奥行きのある店を見つけたので中へと入る。
「どうやら、店頭で品物を買って中で食うらしいな」
店内を見回してオレがそう言うと、ティスリは目をキラキラさせて頷いた。
「そのようですね。こんな感じのお店は初めてです……!」
ティスリは物知りではあるものの、こういう庶民的な経験は皆無なのだろうから、名所巡りより、むしろこういう下町に興味を惹かれるのだろう。
「お、酒もあるのか。まだ日は高いけど一杯くらいもらうかな」
「ではわたしも──」
「ダメに決まってんだろ!?」
むくれるティスリだったが、数口でぶっ倒れるようなヤツに呑ませられるわけがない。
オレは、呑んだら今日の観光が出来なくなることと、二日酔いのツラさを言って聞かせ、なんとかティスリに「もぅ……分かりましたよ。今回は我慢してあげます」と観念させることになんとか成功する。
コイツ、下戸のくせに酒自体は好きっぽいんだよな。まともに吞めないのになぜ好きなのかは不思議でならないが。
その後、オレたちは海鮮フリットとイカスミパスタを注文して席に着く。着くといっても立ち食いだったが。
「ふむ……ここは立食形式のレストランなのですね」
石壁から突き出たハイテーブルに料理を置きながら、ティスリがそんなことをつぶやいた。
「立食なんて上品な形式ではないと思うが……まぁスペース節約のためだろうな。立食でもいいか?」
「ええまぁ。晩餐会でも立食は多いですから問題ありません……まぁ、このような手狭な場所で食事すること自体、初めてですが」
小さな店内だというのに人で溢れかえっているので、密集率は半端ない。しかし客の全員が陽気な感じでおしゃべりしているから、窮屈でも楽しく感じるのだろう。
「アルデ、そのフリットを一つください」
「おお、いいぞ。どれにする?」
「ではエビのフリットを頂いても?」
「ああ。やっぱエビが一番だよな、ぷりっぷりだぞ」
「もふもふ……本当です。これほどに美味しいとは……」
「そしたらオレも、そのパスタをひと口くれよ」
「ええ、どうぞ」
「おお……イカスミってこんなに旨いのか」
「っていうかアルデ、口回りがイカスミだらけですよ」
「おっと、それは失礼──」
「ちょっと、手で拭うなんてしないでください。ほらハンカチを貸してあげますから」
「でもそしたらハンカチがイカスミだらけに──」
「洗えば大丈夫ですよ」
「そうか? なら遠慮なく」
「ではそのお礼として、麦芽酒もひと口──」
「ダメだっつーの!」
などと互いの料理を交換しあったりしながら、オレたちは昼食を満喫する。
その後、店を出た後は、都のさらなる奥地に進むべく、ゴンドラに乗ることにした。
ゴンドラ乗り場には数組の列が出来ていて、オレたちもそこに並ぶ。するとオレたちの前に並んでいた老夫婦が「ご一緒にどうです?」と誘ってくれた。
ゴンドラは四人乗りで行き先も同じだから、相乗りしたほうが運賃も安く付くわけか。なのでオレがティスリに「どうする?」と聞くと、ティスリは頷いた。
「ええ、ではご一緒しましょう。こういう……ふれあいも旅の醍醐味というものです」
単に旅の醍醐味を味わうだけじゃなくて、『こういう臣民とのふれあい』なんて考えたのだろうな、コイツのことだから。
もう王女はやめたと言っているわりに、ティスリは節々で王女として振る舞うからな。もはや職業病みたいなものなのだろう。まぁだからといって悪いことでもないが。
そんなわけでオレたちは老夫婦と一緒にゴンドラに乗り込む。けっこう揺れることに驚いたりしながら。
四人が着席して人心地つくと、紳士然としたじいさんが聞いてきた。たぶん、ちょっとした貴族か何かなのだろう。
「お嬢ちゃんたちは夫婦でデートかい?」
「夫婦でデート!?」
別にじいさんはからかったわけでもないだろうに、ティスリは大袈裟に驚く。あんまりオーバーリアクションするとゴンドラだから揺れるんだが……
「ち、違いますよ!」
「おや? ということは婚約者かね?」
「それも違います!」
「え、でも……」
老夫婦の視線が、オレたちの指輪に集まる。ティスリもそれに気づいたようで片手で指輪をさっと隠した。
「こ、これはただの魔具で、別にそういった意味合いはないんです……!」
などと、頬を赤らめて言っても、まったくもって説得力がないんだが……
案の定、ばあさんのほうは小首を傾げてオレに視線を向けて「そうなの?」と聞いてくる。
なのでオレは苦笑をしながら頷いた。
「ええ。オレはただの従者ですよ」
その答えに老夫婦は目を丸くしてから、ばあさんが言ってきた。
「従者? それにしてはずいぶんと仲良しさんねぇ」
「な、仲良し!?」
ティスリが悲鳴に近い声を上げる。
「仲良くなんてありませんから! さっきも言い合いをしていたでしょう!?」
そう言えば、ゴンドラの列で、ティスリは、オレが酒を呑ませないことに小言をいっていたなぁ。なんで酒のことになると自分が見えなくなるんだコイツは……と思って聞き流していたが。
そんなティスリに、ばあさんはコロコロと笑った。
「お嬢さん、世間ではあれを仲がいいというのよ?」
「そ、そんなわけ──」
「まぁでもだいたい分かったわ、ねぇあなた?」
「うむ、そうだな。若いうちは色々あるからね」
「お二人とも、何か勘違いをされてますよね絶対!?」
その後も、ティスリはなんだかんだと結局からかわれて、真っ赤になりっぱなしだった。
さすがのティスリも、人の良さそうな老夫婦には強く出られないらしく、最終的には言われるがままになっていたが。
そんな感じでゴンドラの移動は終わり、老夫婦とは円満に別れた。最後にばあさんがオレに「あなた、がんばりなさいね」と耳打ちするので、オレは苦笑するしかなかったが。
「まったく……あの夫婦には困ったものです……!」
未だ赤い顔で、路地をズンズン進んでいくティスリにオレは言った。
「なぁ……この魔具って、別に指輪型じゃなくてもいいんじゃね? 例えばネックレスとか」
するとティスリは、困り顔を向けてくる。
「ネックレスって、意外と邪魔になるんですよ? 着替えとかで指を引っかけると切れてしまいますし」
ネックレスなんてしたことのないオレは「そんなもんか」と思っていると、ティスリが話を続けた。
「だから常に身につけておくには、指輪が最適なのです」
「なるほど。でもさ、毎回夫婦だの婚約者だの間違われんのも大変じゃね? だったらそれ以外の形状のほうがよくないか。ティスリなら作り替えることだって出来るだろ?」
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
オレのその意見に、しかしティスリはどういうわけか乗り気ではなさそうだ。
その後、しばらくティスリは何も言って来なかったので、オレは首を傾げながらもティスリの後に続く。
やがて、路地が開けて大通りに出たところで、ティスリが振り返った。
「ですがこの指輪は、男避けの役目もあるわけですから、やっぱり指輪のほうがいいと思います」
「まぁ確かにそうかもだけど、なら、この先も夫婦と間違えられるのはやむなしと?」
「そ、そうですね。そのような誤解をされるなど、人生の恥ですが──」
「そこまでか?」
「そこまでなのです! でも男性に言い寄られるのはもっと面倒なので、今後、その恥は甘んじて受けてあげます!」
「へいへい。じゃあとりあえず、その真っ赤な顔をなんとかしなくちゃな」
「あ、赤くなどなっていません!」
「さいですか」
はぁまったく……
こんなに口が悪いんじゃ、額面通りに受け取るヤツなら腹を立てるところだ。
「あ、ならさ──」
とはいえ、ティスリが毎回真っ赤になるのも大変だろうと思い、オレは思いついたそのアイディアを──なぜか飲み込む。
隣を歩いていたティスリが、首を傾げてオレを見た。
「なら、なんです?」
「いや、いいや。なんでもない」
なら、指輪を薬指にするのをやめればいいんじゃね? ──オレは苦笑しながらその言葉を飲み込み、引き続き観光を楽しむことにした。
(おしまい)
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