[2−38]最強のぼっち王女がグイグイ来る! オレは王城追放されたのに、なんで?
番外編1 クルースちゃんの求愛:後編
親衛隊隊長であるラーフルは、アルデ・ラーマに手籠めにされた親衛隊隊員クルースの心の傷を癒やすため、中央貴族の嫡男を紹介することになった──のだが。
クルースと同い年で……
とても優しくて……
誰にでも親切で……
花を愛でて歌を嗜む……
そんな、吟遊詩人の物語に出てくるかのような男なんて──いるはずがない!
いたらわたしに紹介して欲しいくらいだ!!
しかし!
そんな嘘をついてしまったのは、他ならぬわたしなわけで──!
だからわたしは、言い分けの一つも出来ないくらいに追い込まれていた。
ただでさえ、王女殿下捜索で疲弊して、夜も眠れない日々を送っているというのにこの仕打ち……
いったい、わたしが何をしたというのだろう……?
いやもちろん、殿下に対して大変に不義理なことをしてしまったのだから、殿下に責め立てられるのならやむを得ない。
だがしかし、殿下とは関係のないことで悩まされるのは勘弁して欲しいのだが……
いや……そもそもあのとき。
クルースと対峙したときに、わたしが嘘をつかなければこんなことにはならなかったのだ。もっといえば、殿下に対してもあんな嘘の手紙をしたためたから、親衛隊を追放となっても文句は言えない状況に陥っているわけで……
「ふふ……すべて身から出た錆びということか……」
わたしは、王都の路地裏で力なく笑う。
今日も今日とて、激務の合間を縫って中央貴族を訪ね回っているわけだが、しかし、わたしが自分で言った条件に合う男性どころか、同世代の男性はほとんど結婚してしまっている。
いくばくか残っている男性といえば、リゴールのようなロクでもない男ばかりで──そう言えば、ヤツは失脚して今や獄中だったな。
しかしヤツと似た輩など、いくらなんでもクルースには紹介できないし、そういう輩に限って、地方貴族の我々など相手にもしないのだ。こっちから願い下げだというのに!
「ハァ……いったいどうすれば……」
わたしは路地裏から、高台にそびえる王城を見上げる。
今、王城は修理の真っ只中だった。王女殿下の魔法により、空中庭園から城の中程にまで大きく瓦解したのだ。
だから修理というよりは、もはや新たに作っていると言っても過言ではないだろう。いったい完成はいつになるのか──建築に関しては素人のわたしでは、その予定は計り知れない。
だがそこで、わたしはふと思った。
「新たに作る……か」
理想の貴族がいないのなら、新たに作ればいいのではなかろうか?
そんなバカげた考えに、しかしわたしは吸い寄せられるのを自覚せずにいられない。
もちろん、人を作ることなんて出来るわけがない。どこかの幼子をこれから育てて、理想の男性に仕立て上げるなんて奇っ怪な物語があったりもしたが──いや、あれは男性が幼女を育てるのだったか? まぁそれはともかく、わたしたちにそんな時間はない。
だとしたら……残された方法は……
最近は、吟遊詩人が奏でる物語の演劇化が流行っているという。
そんな演劇の中であれば、どんな美男子だって用意できるだろう。
つまり現実に存在しない理想の美男子だって、作ることは可能なわけで……
「もしも……わたしがそれを演じきれば……」
わたしは、寝不足と疲労で倒れそうになる体をなんとか支えながら、そんなことを考え始めていた。
* * *
王都でも屈指のレストランで、今日、クルースはお見合いを致します!
しかも中央貴族の嫡男と!
さらにその男性は──
わたしと同い年で……
とても優しくて……
誰にでも親切で……
花を愛でて歌を嗜む……
──そんな、吟遊詩人の物語に出てくるかのような男性だというのです!
まさかそれほどの男性が、中央貴族の出自でありながら、まだ未婚のまま残っていただなんて!
わたしの期待は、否が応でも膨らんでしまうというものです!
そんなわけで、わたしは一時間も早く、レストランの個室に訪れてしまいました。
今日は、朝から入念に化粧をしてもらい、最近流行りの髪型に整え、この日のために新調したドレスを着込んでいます。侍女達にも「ばっちりです!」とお墨付きをもらいましたから、見た目で侮られることなどあり得ないでしょう。
いえ、そもそも侮られるなんてことあり得ませんよね。
なんと言っても、とてもお優しい方のようですから。
ただ……不安材料がないわけでもありません。
何しろ紹介者のラーフルが、今日は急用で同席出来ないということですから……
ですが最近のラーフルは、殿下捜索でてんやわんやのようですから致し方ありません。
例え一人でも頑張りませんと……!
そんな感じで気合いを入れていると、個室の扉がノックされます。
い、いよいよ……理想の殿方がお越しになったのですね!
わたしは胸を撥ね上げました。
* * *
ラーフルは、男装がバレないかどうかヒヤヒヤしていたが、クルースは初見でわたしだとは気づかなかったようだ。気休め程度ではあるものの錯覚魔法も使っているからだと思うが。
一方のクルースは、見事にドレスアップしていて非常に綺麗だった。同性のわたしでも見惚れてしまうほどだというのに、どうして婚約者が出来ないのか不思議でならない。
いや……それもこれも、地方貴族出だからということか。ここ王都では、地方貴族は冷遇されるからな。
そんなことを考えていたら、クルースがスカートをつまみ上げて、優雅に一礼してきた。
「初めまして、ラーランド様。わたくし、クルース・ブリュージュと申します」
「あ、ああ……ラーランドです。どうぞよろしく」
慣れない偽名で答えると、クルースは小首を傾げて言ってきた。
「どうかしまして? 何か戸惑っているかのようにお見受けしますが」
「あ、いや……クルースさんがあまりにも綺麗で、驚いています」
「まぁ! ラーランド様ったらお上手なんですから♪」
などと会話をしながら、わたしたちは座席へと着いた。さっそく給仕がドリンクを運んでくる。
ちなみに、わたしの声音は魔法で男性のものへと変えている。錯覚魔法ともども持続時間は三時間だから、それまでにケリを付けなくては。
ケリを付けるとは──つまるところ、このお見合いを破談させるということに他ならないが。
なぜなら……わたしがいつまでも男装をするわけにもいかないのだから。
こんな当たり前の事に気づいたのは、ラーランドとしてお見合いを打診してから数日経ったあとだった。その頃には、もはやお見合いを断るわけにも行かず……今こうして面と向かっている。
だから今日は、一切のミスもなく、穏便のうちにこのお見合いを破談させなくてはならない。
もちろん、わたしからクルースを振るなんて言語道断だ。クルースのほうから、わたしを嫌うよう仕向けなければならない。
しかし、一体どうすればクルースが嫌ってくれるのか、皆目見当もつかないまま当日を迎えてしまう。
本当に、どうすれば……
わたしが逡巡していると、クルースはにっこり笑って言ってきた。
「ふふ……ラーフルから聞いていた通りでしたわ」
「え……聞いていたとは?」
「ラーランド様は物静かなお方だと伺っておりましたが、その通りだなと思って」
「そ、そうですか……ええ実は、ぼくは人見知りが激しいのです……」
「そうでしたの。ですが今日は、わたしのことなんて気になさらなくて大丈夫ですよ」
「そう言ってもらえると……ありがたい……です」
「それにしてもラーランド様は、まるで女性のようですのね?」
「え!?」
いきなりそんなことを言われて、わたしは心臓を撥ね上げた。
「ぼぼぼぼくはれっきとした男ですよ!?」
「うふふ、もちろん存じておりますわ。まるで女性のように美しい男性と言いたかったのですけれど、男性を称えるには微妙な褒め言葉でしたわね。失礼致しました」
「いえ……別に大丈夫です……」
「それでラーランド様は、歌を嗜むと伺ったのですが、どのような歌がお好きなのでしょう?」
「う、歌ですか……?」
そう言えば、そんな設定があったな……
わたしは、歌なんて聞いたこともないので一瞬たじろぐも、しかしこれは……ひょっとしたらチャンスなのではなかろうか?
だからわたしは切り出した。
「実は……それは嘘なのです……」
「うそ、と申しますと?」
「ぼくは、歌も嗜まなければ花も愛でません……」
「まぁ、そうでしたの」
「それどころか!」
そしてわたしはガバッと立ち上がった。
「実は仕事もせずに、日がな一日屋敷に閉じこもっている引きこもりなのです!」
「まぁ……」
クルースが目を丸くする。
よし、この方向性はいいかもしれない!
ラーランドは、仕事もしていない穀潰し! この方向で行こう!
突如として思い浮かんだそのアイディアは、まるで神の啓示のように感じられ、わたしは一気に捲し立てた!
「だから中央貴族の出でありながら、誰にも相手にされず、家族にも白眼視され……しかしぼくは、働いたら負けかなと思っておりますので、先祖代々の資産を食い潰して食っちゃ寝をしているんです」
「そうでしたの……」
「しかもぼくの本当の趣味はギャンブルでして、夜な夜な闇賭博に足を運んでは、現金をつぎ込んでいる次第です。ですのであと数年で、我が家の資産はなくなり食い詰める予定です」
「すごいですのね……」
「ええ、すごいでしょう? あと酒乱でして。呑んだら手が付けられなくなるそうで、今では夜会の誘いもなくなりました。当然、晩餐会や舞踏会なんて行けるはずもなく、毎日ウジウジしている次第です」
「どおりで、公式の場でお見かけしなかったわけですね……」
「その通りです。そんなぼくの将来の夢は、屋敷警備員になることです。ぼくのせいで資産はなくなりますが、親はまだ働いておりますので、親が働けなくなるまで、そのスネにむしゃぶりつこうと思ってます」
「まぁ、そんな夢が……」
「はい。それでクルースさん──こんなぼくでも、結婚して頂けるというのでしょうか?」
そうして。
個室にしじまが訪れる。
部屋の隅に控えている給仕が、口の端を引きつらせるほどには酷すぎる話だったはずだが──しかしクルースの微笑は崩れない。
いったい何を考えているのか──さすがに貴族だけあって、その胸の内をすぐさま悟らせてくれるはずもないか。
だからわたしはダメ押しをした。
「クルースさん、あなたには、できれば当家をついで頂きたいのです」
「え?」
「つまり女主人になって頂きたい。そうしてぼくを一生涯養って頂きたいのです!」
「そうでしたか……」
「いかがでしょうクルースさん!?」
わたしがぐいっと身を乗り出すと、クルースはにっこり笑って言ってきた。
「ラーランド様……」
「はい」
「す……」
「す?」
「すばらしいですわ!」
「……はい?」
意味が分からずわたしは首を傾げると、クルースはわたしの隣にやってきて、わたしの手を取った。
そして目を爛々と輝かせ、クルースが言ってくる。
「このような席で、ご自身の欠点を隠そうともせず正直におっしゃってくれたその心意気──わたし、とっても感動致しました!」
「へ?」
「大丈夫ですラーランド様! わたし、その程度の欠点などで嫌いになったり致しません!」
「は?」
「ラーランド様のおっしゃる通り、わたしがあなたを養います! ラーランド様は、これまで通り、お屋敷でお過ごしになって頂いて構いません!!」
「ちょ、ちょっとクルース……さん!」
な、なんたることだ……!
クルース、いくらなんでも必死すぎ──いや敷居が低すぎるだろうお前!?
この先、クルースが、とんでもないダメンズに欺されやしないかと、わたしは心配になってきたが、とにかく今は目前の問題に集中しなくては!
しかし、これほどまでにダメな男でもOKとなると、もはや打ち手がないぞ!?
これ以外に、いったいどんなダメな男ならフラれると……ん?
そ、そうか!
ダメな男だからいけなかったんだ!
突発的に思いついたそのアイディアに、わたしは飛びついた。
「クルースさん! ぼくにはまだ隠し事があります!」
「まぁ! なんですの!?」
「実は……実はぼく……女なんです!」
「えっ!?」
「先ほど、クルースさんは言いましたよね!? ぼくが女性のようだって! 実はあの見立ては大正解だったのです! ほらこの通り──」
わたしは、ガバッと胸をはだける。
そこにはさらしで固めた胸があった。さらしの上からとはいえ、女性の胸であることは分かるはず……!
「──ぼくは、いえわたしは女です!」
そしてまた、レストランの個室は沈黙に支配される。
頭の片隅に、いったいわたしは何をしているんだろう……? という思いがよぎるも、わたしはそれを全力でスルーした。
いったいどれくらいの静寂だったのだろうか?
数秒だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。
静寂の終わりは、ラーフルの右手がすっと動いたことだった。
そしてその指先が、わたしの胸に触れた。
「……!?」
同性に胸を触られる──いや、そもそも他人に胸を触られるなどという初体験に、わたしは全身鳥肌になるも、ぐっと堪える。
するとクルースが言ってきた。
「ふふ……大丈夫ですわよ、ラーランド様……」
背筋を駆け抜ける悪寒に、わたしは声を出せなくなっていた。
だ、だいじょうぶって……いったいなにが……!?
ゆっくりとクルースの顔を覗き込むと、酒を呑んでもいないのに、泥酔でもしているかのような瞳をわたしに向けてくる。
「もうこの際……性別だって関係ありませんわ!」
「いや関係あるだろ性別ワ!?」
思わず地で突っ込むもクルースは気づきもしない。さらにわたしの胸に触れていた指先は、ツツツ──っと、胸から鎖骨、そして首元から頬へと這っていく。
わたしは思わず身震いした!
完全に陶酔しきった表情で、クルースが言ってくる。
「だいじょ〜ぶです♪ わたし、性別なんて気にしません」
「わたしが気にするんだよ!?」
「あら? 女性だと白状したとたん、逆に男らしくなりましたね?」
「くっ──も、もうダメだ!」
わたしは後方へ飛び退くと、すぐさまその場に土下座した。
「クルース! すまない! わたしはラーフルだ!!」
クルースの反応を見るのが怖くて、わたしは土下座したまま洗いざらいぶちまける。
「中央貴族の未婚男性は、見つけることが出来なかったんだ! でもお見合いを楽しみにしていたクルースのことを考えると、そんなこと言えなくて! だからわたしが男装してお見合いに臨んでしまったんだ!」
「まぁ……」
「こんなことをしたって、なんの解決にもならないことはよく分かっている! しかし──」
「大丈夫ですわよ、ラーフル」
予想だにしなかったほど優しい声でそう言われ、わたしは思わず顔を上げる。
するとクルースが、女神のごとき慈愛に満ちた表情で手を差し伸べてきた。
それは、まるで救いの手のようであった。
だからわたしは無意識にその手を取って、そして立ち上がる。
「ラーフル。わたし、分かってましたよ」
「えっ……」
「だって、いくら男装したって、魔法を使ったって、長年の付き合いであるラーフルの顔を見間違えるわけないじゃない」
「そ……そうだったのか……」
「いったいラーフルが、どんな男前になるのかを試したくて、ちょっとからかってしまいました。ごめんなさいね?」
「いや……元々悪いのはこっちだし……」
「そんなことありません。ラーフルは、傷ついたわたしのために尽力してくれたのです。悪いはずがありませんわ」
「そ、そうか……ありがとう……クルース」
そうしてわたしたちは、しばらく見つめ合って……
見つめ合って……
見つめ合い続けて……
………………………………にわかに違和感を覚え、わたしは言った。
「あの……クルース? そろそろ手を離してもらえないだろうか?」
「なぜです?」
「いや、なぜも何も……」
「でも、手を離したらラーフルは逃げてしまうのでしょう?」
「逃げるって、別にそんなことは……」
「わたし、あなたをからかいはしましたが、さきほど言ったことに嘘偽りはなくてよ?」
「さきほど言ったこと……って………………?」
わたしの問いかけに、しかしクルースは、満面笑顔であるばかり。
だからわたしは、改めて問いかける。
「な、なぁ……クルース? お前、なんだか雰囲気がちょっと──」
しかしわたしの問いは、最後まで言い切ることは出来なかった。
「──ん!?」
突然、クルースに手を引っ張られ、不意の出来事にわたしはバランスを崩し、まるでクルースにもたれかかるかのような姿勢になった途端。
クルースの唇が、わたしの唇と重なる。
「!?!?」
目を見開いて飛び退くと、クルースの熱い視線がこちらを向いていた。
「ラーフル……あなただけですわ……」
「な、な、な!?」
「これほど、わたしのためを思ってくれているのは……あなただけだったのです……」
「い、いま何を!?」
「ですからもう……ロクでもない男なんていりません……」
「いらないって!?」
「だからラーフル! わたしと結婚しましょう!!」
「出来るわけないだろ!?」
わたしめがけて猛進してくるクルースをギリかわすと、わたしは個室の扉を開け放ち、一目散に逃げ出した。
「あっ! ラーフル! 待って! 逃がしませんことよ!!」
「わたしはノーマルだ!」
「そんなの、わたしの魅力で変えて差し上げますわ!!」
「無理に決まってるだろ!?」
こうして──
──これ以降、わたしは四六時中、クルースの猛烈な求愛を受けまくることになるのだが、それはまた別の話としておきたい。というかもう話したくない。
わたし、呪われているのかな……(涙)
(おしまい)
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