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私の「子供を愛する」感情とは

ある時
子供を愛する感情を手にしました。(その記事はこちら

子供を愛するっていう愛情って
子供が生まれた時に自然と生まれて
幸せがずーっと続くようなイメージだったんですが、
私が得た
子供を愛すること。
子供がいて幸せだと思う感情は

キラキラした時間がずーっと続く事ではなかったのです。

子供を愛おしいと思った
次の瞬間には、
子供が私の眼鏡を落っことして壊したり
注いだ牛乳を倒したりするので
あっちゃーもーヤダー
何やってんのよという事態が起きるのです。

だから
愛する気持ちと、子供に対してこんちきしょうっていう感情は
花火とかパチンコみたいに
ポンポン交互に自分の心の中から
打ち上げられているような感じなです。

例えば今
子供が学校行かないで
寝てばっかりー

子供がこんなことになってやだーとか
子供がこんなことしてとか
子供のがことが面倒とか
そうゆうやな事ばっかり続くこともあって
たまに、かわいい。愛おしい。という気持ちになったりもします。

私は今でも、子供に対して愛おしいと思う感情より
こんちきしょう!めんどくさいと思う方が頻繁です(;'∀')

「愛する」って
する。やる。行う。っていう自分がしたいから
出来るようになるのではなくて

感情だから自分ではコントロールできないもので
自分の中から湧き出るものでした。

恋愛なら
好きでもない人に愛してるって言われても、
その人が好きではなかったら、無理やりには好きになれないのと同じで

子供にママの事大好きと言われても
好きになれない。愛する事が出来ないのは。
ありうるのです。

つまり

私にとって
「子供を愛する」とは
愛したいと思って愛せるものではない。
自分の心から溢れ出るもの。


そして
「子供を愛せない」のは

何か原因があって
感情に蓋がされてしまって
愛する感情が湧いてこない。
のだと思います。

私はそうだったのですが

感情に蓋がされているって

原因が根深かったり
自分でも原因を突き止めて
認めたり、脱却したり、自分の中で
大変な作業で厄介でした(;'∀')


次回
感情に蓋がされてしまうと
愛する感情が湧いてこない。

厄介なお話したいと思います。

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