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ただいま

その日伝えた「ただいま」は、もうここ何年分も詰まっていたように思う。
彼女がひょこっと洗面所から顔を出して「おかえり」と返してくれたとき、思わず泣きそうになったのは秘密だ。


この家の全てが好きだ。朝の日差しがリビング中を照らすところも、風がよく通るところも、天井がちょっと低くてなんだか秘密基地感があるところも、ドアのレトロ感も、夜に照らす間接照明も。全てが優しい空気を作ってくれて、私がここにいることを全力で肯定してくれている、そんな気持ちになる。

最初は築50年なんてありえないと思っていた(笑)だってちょっと汚い感じがするし、何より家の気が悪そうという偏見があった。(住んでいらっしゃる方々本当にすみませんでした。)でも、この家を内見しにきたときに、彼女と、ここがいいね!私たちによく似合う場所だと顔を見合わせて、即決した。

そこからとんとんと事が進み(いや、正確にはいろいろあった。だけど長くなるから割愛。)私が先に家に入り、その1週間後くらいに、彼女が来た。その1週間はすごく長かった。2LDK の部屋にひとりは、さすがに広すぎた。カーテンもベッドも、引っ越した後に買ったものだから、ものが揃うまで私は究極に病みそうだった。


だからこそというのもある。金曜の夜、くたくたになって家にたどり着いて、ドアノブに手をかけていつも通りの真っ暗な部屋を想像して開けたときに、オレンジの電気が、優しいシャンプーの香りが、私を包んだ、その瞬間を私は絶対に忘れない。絶対という言葉はあんまり好きじゃないのだけど、でも、絶対に忘れない。「ただいま」。もうこの言葉を発したときにはすでに泣きそうだったんじゃないかな。ここ1週間分だけじゃない。実家から出て、もう9年目になる。その分をたっぷり込めて伝えた、そんな感じがした。


ひとりで暮らしていたときも同棲していたときも、部屋に誰かいてもいなくても、「ただいま」って伝えてきた。もちろんたくさんの「おかえり」をもらってきた。それでも、だ。彼女は不思議な人。出会って語り合って4日目で一緒に住むことを提案してくれた。人となりを完全に理解していたとは思わないし、未だに知らないところがたくさんだと思う。それでもなんだか私を包んでくれるのだ、私の全てを。ああ、そうだ、そういう人だから一緒に住みたいと思ったのだ。彼女が住むその部屋は一瞬にして私の帰る場所になったのだ。


「おかえり」とひょこっと顔を出して言ってくれた彼女は、きっと私がこんなに感動していたのを知らない。やっと一緒に住めたね~お風呂先に入っちゃった~とか楽しそうに話していたと思う。全てが愛おしかった。


毎日の「おはよう、おはよう」、「いってきます、いってらっしゃい」、「ただいま、おかえり」、「おやすみ、おやすみ」、そのひとつひとつの交わす言葉が幸せでたまらない。

みさきちゃん、私の毎日に光を灯してくれて、温度を上げてくれて本当にありがとう。今日もあなたのいる、その家に帰るね。そして全力で伝えるね。ただいま!


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