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松濤美術館(東京都渋谷区・神泉駅 舟越桂 私の中にある泉)

久々の松濤美術館、どこにあったか記憶を頼りに向かうものの見事に忘れていて、関係ない松濤の高級住宅街の中を彷徨う不審者。
挙げ句の果てに鍋島松濤公園へとたどり着く始末。
ここは池もあって住宅街の中にありながらも割と大きめの公園で、時間的にも人気は少なく、光の乱反射する水面をしばし独占する。
ああ。平穏っていいなあ。水車小屋の横にあるベンチに腰掛けながら心が洗われて行くようだ。
と、ふと気がつく。目的はここではない。
慌てて立ち上がり、再びウロウロと彷徨い歩く。
ようやくたどり着いた時にはすでに行列ができてしまっていた。
何をぼんやり池なんか眺めてるんだおまえ。

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それはさておき舟越桂の12年ぶりに開催された展覧会である。
トラピスト修道院の聖母子像や天童荒太『永遠の仔』表紙デザイン等、名前は知らなくてもなんとなく見たことがある作品かもしれない。

個人的なことを言えば、昨年に創作メモの本に触れて感銘を受けて、多くの作品が集うこの機会に実物を生で見なくてはならない、とある種の啓示を受ける形で、とはいえこの状況下、スケジュールと混雑具合を入念に確認しながら会期ギリギリとなったこの時期に訪問。
ソーシャルディスタンスを保ちつつも、時間の許されるギリギリまで素晴らしい作品集の数々に息を飲む至福の時間である。

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まずは美術館の入り口で検温チェックを受けてロビーへ。
ちなみにこの美術館、常設展はなくて特別展のみの開催。
薄暗い階段を下へと降りると地下一階の第一展示室へたどり着く。
第一展示室には舟越桂の歴史を辿る形で、木像をやり始めた時期の作品が展示されている。
着衣の人物像が多く公開されており、襟の部分など本当に服を着ているような錯覚に陥る。
これを一つの木片から削ったとしたら常人の域を越えていますね、と傍にいた学芸員の方に色々と尋ねる。学芸員の都合お構いなしである。
どうやらいくつかのパーツをつなぎ合わせてできているものらしい。
本来はその作り方は常識的なものなのかもしれないけれど、一般的な彫像の知見がないので初見の立場からいえば目から鱗が落ちるくらいの衝撃だった。
言われてみればいろいろな箇所に、自然な木の割れ目とは別に人工的な継ぎ目らしきものがある。

1982年以降、木彫りの人物像の眼球に大理石を用いるようになる。
これが以降の舟越桂作品を印象付けるためのアイテムとなっているかもしれない。
どうやって木像に眼球を当てはめたのか?
よく観察すると後頭部に「切断されて後から継ぎ合わせたような痕」が入っている。
先程の「パーツをつなぎ合わせる」という前提があった上で見れば納得が行く。
つまり、この木像の頭部は中身が空洞で、内側から眼球の大理石を当てはめ、後頭部をあとから被せた、という人形制作の技法が想像できる。
彫像と人形制作の技法を組み合わせたということだろうか。

あら、この時期のは作り方が凝ってるのね。
おや、これにはモデルがいるのだわ。
ということ、さっきの像は・・・もう一回これは確認せなあかんわ。
なんてことをブツブツ言いながら点在する彫像をあっちへウロウロ、こっちへウロウロ。
順路もなにもあったものではない。美術館なのに万歩計が捗るのである。

二階の第二展示室は親兄弟(芸術家一家)や本人のドローイングと、中期以降の木像、仕事場、子供に造った玩具等が展示される。
木像を手がける前にドローイングを描いてイメージを膨らませた様子。
芸術家一家で育ってるとこんな感性が育つのね、と納得する。
ぶっちゃけ、親兄弟のドローイングにはそこまで惹かれたわけではないけれど、バランスが良いのが、この中期以降の作品群の圧倒的な圧迫感である。

スフィンクスシリーズという、作家にとって代表的とも言える作品群。
第一展示室は基本的に人間の姿をしている像がほとんどだったのに比べ、
第二展示室は異形の物とでも呼ぶべき、「人の形をしたなにか」の像である。
これは小さいお子さん(何人か親子連れがいたが)はトラウマ必至、
そんな中、ひときわ目を奪われたのが『言葉をつかむ手』という作品だった。

その神々しさ、儚さ、憂慮をたたえた美にしばらく動けない。
ああ、やばい。なんだこれ。すげえ。
ずっと見ていたい。触れていたい。眺めていたい。
要するに恋をしてしまったわけだ。
この展覧会が終わったらどこかの美術館へ行くのだろうか(ちなみに舟越桂の作品は都内いくつかの美術館に展示されている)と、所蔵がどこかを確認してみると、出ました「作家蔵」。
ですよね。わかります。わかりみが深い。
手放したくないですよね。

というわけで普段あまり画集を買うわけではないのだけれど、これは買い求めてしまった。これからずっと眺められる。至福である。トイレはウォシュレット式。

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