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フィールドへの道 その2

 おはようございます。フィールドへの道|ナリカワコウト (note.com)の続きです。別に続ける気はなかったのですが、昨日の気づきをふまえて文章を残すとすればこの続きに置かれるのが最も相応しいように思われるのです。
 ということで、前回を読んでおられない諸賢もぜひお手柔らかに。

日記って、意味ある?

 私は、フィールドノート、より広く言えば日記が書けません。そしてその理由が①メンドくさがりだから②言語化がムズいからの2点ではないかと以前説明しましたが、それが少し不正確(または不十分)であることが分かりました。というのも、ごくありふれた感情、疑う余地のない言葉であっても、私はそれをあまり文章にしないためです。別に何も気にせずあったこと・思ったことを書けばええやん、と思われるかもしれませんが、それはなかなかできません。なぜなら、いわゆる日記なるものを記すには私があまりに功利性と実用性を好んでいる、というところに落ち着くためです。

 言い換えれば、日記の内容にさして価値があると思えないのです。あえて強い言い方をしましたが、もちろん「お前の日記に意味などない。破り捨てなさい。」などとは毛頭思っていません。むしろ好きだとさえ言えます。いろんな人がどんな日々を過ごしているのか、ある物事にどのように向き合っているのかを端的に感じ取れるのはとても楽しいことです。
 しかし、自分の残す日記については一変、極めて高いハードルが課されます。何かを受したとしても、「こんなん、読んでおもろいか?」「赤裸々に何でもかんでも喋んのってあんまり上品じゃないよな」「読んだ相手に何かしらの発見とか気づきが無いコミュニケーションに意味ある???」という壁が立ち現われます。
 少し誇張しましたが、分かりやすく考えるとこーゆーことです。つまり、自分のキモチを表現するよりもロジックを表明する方が社会にとって価値がある、美しいと直観で思っているのでしょうね。完全に素直にそう思っているわけではありません。しかし、気づけばそういう考え方をし、そういうものの言い方をしている自分がいます。

 以上のことより、私が日記を書けない理由その③感情を表現することにあまり価値が無いと思っているから、でした。また増えたり減ったりすることもあり得ますが、暫定でこんな感じです。

過去に書いた文章(晦渋の怪獣②|ナリカワコウト (note.com))(https://note.com/narilyn_0051/n/n31c5604a5e0c?magazine_key=meb697c60274b)

「noteなのに引用文献付けてんのおもろい笑笑」と言われた。
このコメントにも象徴されるように、私は根拠なく
ただキモチを書くのが得意でないようである。

「なぜ笑うんだい?彼の文章は上手だよ?」


価値観、価値置

 価値観は、「価値」を「観る」と書きますね。日本国語大辞典においては「人が自分を含めた世界や、その中の万物に対してもつ評価の根本的態度、見方。」という説明がなされていますが、要するに受動的なわけです。何かしらモノがあって、それに対してどう考えるかということはすなわち、価値観がモノありきであることを雄弁に語っています。
 したがって自分で文章を書いたり、絵を描いたり、議題をつくったり、そういう創作の活動においては価値観があるだけでは何もできないという認識が正しいのではないでしょうか。ただ観ているだけ、聞いているだけ、では創作は不可能です。もっといえば、しているだけなのも無意味かもしれません。

 「主義を以って利益を成した場合は商いが食い扶持以上の意味を宿す」(強調ナリカワによる)とは『浪漫と算盤』(椎名林檎・宇多田ヒカル)の歌い出しですが、渋沢栄一の『論語と算盤』(現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書) | 渋沢 栄一, 守屋 淳 |本 | 通販 | Amazon
のオマージュ(?)です。これはしているだけを脱している良い例です。
 とりあえず周りがしているからビジネスをしようか、ちょうど起業が流行しているから自分も価値創造したい、みたいな薄弱の輩はとかく主義を持っていないゆえに胡散臭いのではないか、と思いました。「儲からなかろうが、周りに疑われようが、自分はこれを信じる。」という筋を主義とし、価値を観るだけ聞くだけするだけの世界を超えなくてはなりません。そこで、価値観というコトバを超えること、具体的には価値あるいは価値みたいなのがあれば良いと思います(語呂が悪いのでもうちょい考えます)。
 さて、多少余談を含みましたが、とりあえず頭をカンカンにアツくして思考し、「これならば信ずるに値するのではなかろうか」と思えるところにみずからの価値を置いてみることが一本筋の通った、厚みのある人間に共通する資質ではないかなと考えています。

高校卒業の時友人にもらった1冊。
忘れていたが、彼にオススメの本を贈らねば。

 
 そしてまたこの話は、私が日記を書けていない現状とも極めて密接に結びついています。私は先ほど自分の書くキモチに意味があんまりないと述べましたが、それは価値置というより、まだ価値観の域を出ていないと思います。

 ここで大事なことに言及し忘れていたことを思い出しました。価値置(価値定)は価値観なしに成立するのが難しい、という前提についてです。価値観にけっこうガッツリとツッコみを入れたかと思いますが、それは決して価値観を無視せよという意図ではありません。むしろ、なるべく多く価値観をストックしておくべきだと思います。
 私が考えているのは、価値観レベルに留まるな、ということです。喩えるならば価値観は義務教育。国語・社会・数学といった切り口があり、きっちり押さえておかなければ困ります。ですが、それ単品が社会生活で役に立ったり、それで飯を食っていけるわけではありません。ではなんで9年もかけて学ぶのか。それは個別的な科目・テーマを扱った結果他の場面でも汎用し得る智慧を身につけるためです。学校で学ぶことがそのまま使えない、ということは学校で学ぶことに意味がない、ということにはなりません。
 これとまったく同様のことが価値観と価値置との間には横たわっています。価値観はいろんな人や地域でまったく異なっています。それらを鵜呑みにしたところで人生がいちいち変わるべくもありません。ただ、色んな人からのインプットを繰り返すことで「その点は納得できるな」「これは意味不明だな」といった等身大のが養われます。これが「価値を観る」ということです。
 そこから「自分が価値を見出すのはココだ!」という軸がゆっくりと形を持ってきます。そうしてはじめて使うための考え方に昇華されます。だからこそ、価値観の膨大なインプットが必要なのだと思います。


日記のオチ

 さて、本題に戻りますが、私にとって日記を残すことはあくまで個人的であって、集団的でない。偶発的であって、必然的でない。そこにどうしてもオチのなさが結びつきやすい気がしています。
 私が関西の人間だから、というわけでもないでしょうが、進展のない話はつまりません。例えば…
「今日はいっぱい魚が釣れたんだよ。」
「良かったね!じゃあ今晩は刺身パーティーかい?」
「いや、冷凍庫を牛肉が占領してきたから、そろそろ食べちゃおうかな。」
「そうかそうか、僕も冷凍庫整理しなきゃな。」
「冷凍庫ってすぐ埋まるよな。またうちで一緒に飲もうぜ。」
だからなんやねん。思わずそう言いたくなります。マジでおもんない会話ですが、日常生活でしばしば見かけるかと思います。私自身、嫌ですが時々しています。

 しかし、意外にこのレベルの発話に終始している人は多いように思います。そしてそのことに対して特に不満も覚えていないようです。何故なのでしょうか。それは、こうした会話に価値があると考えているからだと、私には思えます。例えば、「友人とコミュニケーションをすること」「自分の日常を話すこと」に価値があるのでしょう。何人かの友人に聞いたところこうした返答がありました(あるいは、「そんなに考えてないよ」と言われました笑笑)。しかしいずれにせよ、オチのない会話に苦痛抵抗を感じていないわけですから、そういうことでしょう。

 翻って、私が価値を置きたい点を考えてみると「聞いていてそれまで知らなかったことを知れる」「実生活で考え事をするタネになる」「興味がひかれる」あたりになるかと思います。結局、私が面白がってることというのは、「あるある」なのかもしれません。どーでも良いことを聞いても、だからなんやねんで終わります。しかし話し手固有の価値置や別のよく知った事例との比較(アナロジー)を巧みに行なうことで、それがオチある話になるのです。
 そのためには、「アレに似てる」とか「アレと対比になりそう」みたいな発想がつねに必要です。私はその発想力と、説得力とを相手にプッシュするためにこそ他の事例や研究を引用していると言えます。

オチ(?)

 別に、何も根拠なんてなくたって良い。心に浮き出てくるキモチはただそれだけで尊重されるべきだし、それを素直に表現すれば良いと思う。
 しかし、一事が万事それでは、あまりに感性的すぎる。そこに論理があることを、そのネタについて話す必然性を、自身の価値置によって分析していることを、明晰にしないならばあなた)が発言する意味がない。

 おそらく私の本能は、こんな風に考えてるんじゃないかなと思います。知っていること・思っていることを総動員して相手に気づきを与えたい。そういった傲慢と向上心のミックスのキモチによって、私は日記を書けないのかと思い至りました。
 ……長くなりすぎました。ここまで読んでくれたみなさん、マジで愛してます。ありがとう。

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