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『ひとつ宇宙の下で』あとがき

 皆様、ご無沙汰しています。成田名璃子です。世の中は変化のまっただ中ですが、皆様はどのようにお過ごしですか?私は、テレワーク中心になった夫や、年中さんに進級した息子とともに、毎日がエブリデイのてんやわんやな日々を過ごしています。え? パートナーがテレワーク中心なら、少しは親としての負担が減るんじゃないか?ましてや子供が年中さんになったら、手離れもしはじめるだろう? はっはっは。そうなんですよ、普通に考えたらそのはずなんですが、あんまりにも変化が急だったんでしょうね。世の中には、テレワークが始まって今までより忙しくなった、という方々が大勢いらっしゃるようです。これまでの管理体制では当然成り立たない仕事形態に、システムが追いついていないのでしょうね。当然、世間のバックアップ体制だって、テレワークを想定していなかったものばかり。追い打ちをかけるがごとく、緊急事態宣言、休校措置など、日常に未知の扉がどんどん開いていきます。テレワーク疲れの皆さん、お疲れ様です(涙)

 さて、新刊『ひとつ宇宙の下で』は、コロナ下の日常に主眼を置いた小説ではありません。しかしながら、コロナ下でどの人にもより浮き彫りになったであろう、普遍の問いかけをテーマにした小説です。すなわち、「このまま人生を終えていいのか?」「何が自分の本当の幸せなのか?」。日常に流されていれば、あたかも人生がそれなりに順調に進んでいるような錯覚を得やすいように思います。それがこの非常時ではどうでしょう? 人との接触を断たれ、自然と増えていく自己との対話(あれ、今まで何をしゃかりきになってたんだっけ?)。通勤しなくても、あるいは通学しなくても果たせてしまう業務や勉強(満員電車、よく耐えてたな)。人との対比でこれが自分だと思っていた自己像が、まったくの幻だったことに気がついた人もいるかもしれません(俺って、私って、どんな人間だったっけ?)。

 物語の冒頭は、サラリーマンであり、夫であり、一児の父でもある亘の独白からスタートします。実家の倒産により大学院を中退。天文学者の夢を絶ち、実家や後にできた家族のため、望まない仕事を続けてすり減るうちに、自分の人生を生きる、という感覚を見失ってしまっています。彼はある夜、息子を介して、在野で研究をつづける一人の老天文学者と出会うのですが・・・。さあ、この夜から、亘の非日常が始まり、己との対話がスタートします。俺はこのままでいいのか? こんな父親でいいのか? 果たして彼の出した答えとは?

 次章では語り手が変わり、亘の妻である一華が主人公となります。一華はともすれば家族をほっぽって原稿を書いてしまう私とは違い、とてもよき妻、よき母です。しかし家族を思うあまり、自分が主人公のはずの人生で主役の座を夫や家族に譲り渡してしまっており、ふとした瞬間に、自分自身のしたいことが一つも思いつかない自分に気がついて愕然とします。彼女には過去、UFOに遭ったという特異体験があり、それにまつわる秘密の記憶を持っていたりもします。なんだか一筋縄ではいかない物語で、描いたときは少し難産でした。?この章では、いい加減な妻業、母業をこなしている私でさえ時々悩む、家族と自分の境界線という視点も問題として浮上しています。母性とはなかなか扱いの難しいものですね。

 三章目は、一家の一人息子である彼方が主人公の物語です。一章目で夜中にこっそり家を抜け出し、天体観測にいそしんでいたことを見つかってしまった彼方。彼が星に親しむきっかけを作ったのは、かつて天文学者を目指していた父ではなく、件の老天文学者でした。それぞれ、息子である自分に秘密を抱えている両親に囲まれ、なんともいえない居心地の悪さに悩んでいます。彼方は、学校でも人間関係に問題を抱えていて、UFOの写真を撮影できなければ、ちょっと気になっているクラスメイトの女の子をイジメの標的にするぞと脅されてしまいます。しかしその苛めっ子もまた、家庭内で問題を抱えていることを偶然知ってしまい――。子供の世界は大人のそれよりもっと残酷で大変。子供時代こそ本当の意味でサバゲーなのかも。頑張れ彼方!という視点で楽しんでいただける章ではないでしょうか(まさかのダジャレ締め!)

 四章目。再び視点は亘へと戻り、物語は収束へと向かっていくのですが、これが一筋縄ではいかない。物語ですからね。楽しんでいただけるよう、紆余曲折を経るよう、こちらも楽しんで描かせていただきました。

「このまま人生を終えていいのか?」「何が自分の本当の幸せなのか?」そう簡単に答えなんて出ない問いかけですし、だからこそ、見ないふり、存在していないふりで過ごせてしまう問題でもあると思います。もちろん、答えを出すことが正義でもないと思うのですがね。かくいう私も、この真摯な問いかけの声をどこかに棚上げしたまま、立ち寄った駅構内にたまたま漂っていたドーナツの匂いをかいでこの世に生まれた幸せを感じていたります。ずっと書き続ければ幸せ? 書くことが幸せ? 改めて問われると、単純にイエスと・・・あれ、言えちゃう(笑)でも三十半ばくらいまで、書くことと出会えずにいて、本当に精神の低空飛行をつづけていたので、言えちゃうことのありがたさを改めて噛みしめたりして。そう考えると、物語冒頭の亘の独白というのは、書くことに出会う前の私自身の独白でもあったのかもしれません。そして、この世界をサバイバルする大勢の方の独白でもあるのだと思います。

この本を手に取ってくださった皆さんが、星を見上げたい気分になってくださいますように。星を見上げると、顔が自然に上を向くから、とてもいいのです。

それでは、次作は春頃になると思いますが、その時までお元気で。あ、UFO遭遇談、大歓迎です!@ツイート、お待ちしています。

                        九月吉日 成田名璃子




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