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黄色の妄想

「黄色を身に纏いたい」と思い始めた。

服に黄色を取り入れると、そこだけ浮いて見える。馴染まない。かれこれ5年ほど。服以外では手に取ることが多いので、好きな色なんだと思う。

そんななか、ふと「私もそろそろ黄色を着こなせるのではないか」という根拠のない自信がわいてきた。思い浮かべるのは、爽やかで軽やかなレモンイエロー。

大事なのはさりげなさ。自然さ。そこだけ悪目立ちするのではなく、素敵に纏うのが理想だ。

靴下がファーストステップかな。それともチェックなどの柄で入れるか。単色のニットセーターもいい。

妄想に耽っていたら、数年前は避けていた色を今は自然に取り入れていることを思い出した。たとえば青。たとえば緑。

「年を重ねた方が色ものを自然に取り入れられるのではないか」。妄想が止まらない私は、この仮説を検討することにした。


背伸びしたい年ごろは、誰しもが内側からたくさんの色を放っている。身に着けるもので加える必要も、余白もないくらいに。

「自分」のなかで数えきれないさまざまなことが起こり、気づかぬうちにさまざまなことを吸収し、意思と関係なく色をもつ。

その色に納得していようがいまいが、明日にはもう色を変えている。

しかし年を重ねるとある程度「自分」の色が安定してくる。それは誇らしいことであると同時に、放っておいても変化があったときを振り返り、寂しく感じることでもあるだろう。

だから、ときには身に纏うもので意図的に色を加える。勝手に色が変わっていく年ごろにはできない、年を重ねたからこその色の楽しみ方だ。


いつかは黄色を自由自在に使いこなせる日がくると落ち着き、それに満足している私であった。


20221124 Written by NARUKURU

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