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私の見える世界

 私のこの世界が正常だとしたら、それ以外のすべてはきっと、異常なのだろう。

 それとも、私の世界が異常で、それ以外のものが正常なのだろうか。

 そんなこと、わかりはしない。わかりはしない。わかりはしないから、いつまでも変わらず存在し、どちらが? という思いが消えないまま、私は今日も、息をしている。

 機械のように正確に目覚め、同じ手順を踏んで仕事に行く準備をする夫。あぁ、忙しい、とたいして忙しくもないのにぶつぶつ言い続けてさもそうであるように忙しなく動いている義母。いつまでも準備をせずに次々とおもちゃを出しては散らかし続ける我が子。何も言わずにお茶を飲み、新聞を読み続ける義父。

 この家だけが世界ではないのだから、他に救いを求めればいいのだけれど、あいにくこの家の外の世界も似たり寄ったり、変わらない、やっぱり、何か、おかしい。

 私はできあがった弁当を持たせて夫を見送り、急いで準備を済ませて通園バスに我が子を乗せると、私も仕事に赴いた。

 世界がどれだけ異常でも、周りのみんなが異常なら、それは正常として回ってしまう。

 水彩画のようにぼやけた色合いをした街並みにデフォルメされた顔をした人々が往来する。何を見ているのか、何をしているのか、わからないし、わかりにくい。

 ……見ていて、だんだんと気持ちが悪くなる。

 バスにゆられていると、ますます気持ち悪さが増した。アナウンスがまるで羽音のような耳障りを感じさせ、距離感の近い客のひとりひとりの顔が見ていられない。できるだけ見ようとしないように俯くが、こびりついて離れない。

「大丈夫ですか? よければ、こちらにお座りください」

 突然、声をかけられた私はもう耐えられずに発狂した。ついに、私まで、おかしくなってしまった。叫び、叫び、早く、早く、この場から逃げ去りたい。

 なんて言っていたかはわからない。あんな顔をして話しかけてきたのだ、怖い、怖い。

 バスが止まると、私は周りのおかしな人々をところ構わず押しのけて、外に逃げ出す。

 誰、か。誰か。助けて。何で、この世界のみんなは、こんなにおかしいの。私だけが正常で、それ以外はみんな狂ってる。何で、何で。

 それとも、私もおかしくなってしまったほうが、いいのだろうか。そのほうが、気持ちが楽に、なるのだろうか。

 それも、でも、怖い。私が私でなくなってしまうようで、怖い。

 どうしたらいいんだろう。

 そのとき、足に激痛が走る。思いっきり、足を踏まらたのだ。

「痛い! 痛い! 何で足を踏むの!」

 そこで遊んでいたキュビズム顔の子どもたちに詰め寄る。馬鹿にして、こんな顔をして!

 そのとき、そのへんてこな顔から何か、言葉らしきものが発せられたが、口元が動いていないから何を言っているのかまったくわからない。羽音のような不快さだけが残る。

「影を踏んだだけなんだけれど、おねえさん、どうしたの?」

 私はその子たちを突き飛ばすと、この気持ちの悪い世界から逃げ出したくて、また別の場所へと向かい、歩いた。

いつも、ありがとうございます。 何か少しでも、感じるものがありましたら幸いです。