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esportsビジネスは、エンゲージメントを売る

esportsビジネスの収益源について、将来的にはメディアビジネスが成長していき、特にプロリーグの放映権料がまあまあな割合を占めるようになるのでは、という見立てがある。

国内でも放映権料を有望視する声があり、実際にCyberZが放映権の獲得に相当な金額を出している……ような気がする(推測)。LJLも改革の一環として動画配信の放映権料を収益源としようとしているらしい。

そこで今回は、国内のesportsシーンにおける放映権ビジネスの可能性を考察し、放映権料の分配金にプロチームが依存することの危うさについて簡単に議論する。

また、オーガナイザーが放映権を売るには大会番組の視聴者数(インプレッション)が重要だが、それが国内のesportsシーンとは相性が悪いこと、そしてesportsビジネスの強みがインプレッションではなくエンゲージメントにあることを説明する。

※最初に用語説明を。一般的な定義を加味しつつ、この記事では簡便化。

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【インプレッション】
画面上に広告が表示されることや、タイムラインでツイートが表示されることを指すのが一般的。ただ、それだと誰も見ていなくてもインプレッションは多いという状況がありうる(記事ページ内にバナー広告が1万回表示されれば1万インプレッションとなるが、実際には不正に水増しされているかもしれないし、意識して見たのは3000人しかいないかもしれない)。なので、人の目に触れることという意味でも使う。

【エンゲージメント】
いいねやSNSへの投稿、フォロー、検索、資料請求などの行動のほか、好意やポジティブな意識を持っていることを指す。対象の状態によって細かくステージを分けたほうがいいが、すべてまとめてエンゲージメントと呼ぶ。

【コンバージョン】
この記事では出てこないが、エンゲージメントの先にあるのがコンバージョンだ。商品の購入や有料会員登録など売上に直結する行動を指す。コンバージョン自体がエンゲージメントになることもあり、ループ構造を作れると強い。

国内で放映権ビジネスは活発化するか

いまのところスポーツと同じような放映権ビジネスが現実視されているのは海外の大会であって、国内ではその兆しはまだ見えていない。これは僕の予想でしかないが、将来的にも国内では大会の放映権料がesportsビジネスの収益源としてそこまで大きな存在感を持つことはないだろう。

メディア(や動画・生放送プラットフォーム)が大会番組の放映権を購入するには、多くの視聴者数が見込めなければならない。メディアはその大会番組を通して新しい視聴者の定着や有料会員数の増加を狙う。番組にCM枠を設定してスポンサーを募る場合もある。また、視聴者や利用者が増えれば、ほかの広告枠などへのスポンサーも増えるだろう。

しかし、放映権料の決め手となる視聴者数がとにかく少ない。

国内で最も視聴されたと言われる『モンスト』の全国ツアーは同接最高7.6万人(6試合の総視聴回数228万回、1試合平均38万回)。LJLは最高4万人近くになる(各試合の総視聴回数は不明だが、3年半の運営でTwitchチャンネルの総視聴者数は約1900万人)。これ以上の数字を稼いでいる国内プロリーグはほかにほぼないと思われる。

今後、大会番組は平時でも1番組で同接20万人、視聴回数100万回に成長するかもしれない(あるいはもっと? うーん)。たしかに同接20万人はesportsシーンにおいてたいそうな数字だが、視聴回数100万回と合わせてもインプレッションという観点からはそこまで大きな数字ではない(関東地区のテレビの個人視聴率1%が約40.8万人とされている。また、視聴回数100万回はゲーム系YouTuber数人の動画・生放送で超えられてしまう)。

TikTok「日本国内での月間動画再生回数が130億回を突破」

だから、もしスポンサーが若年層への認知拡大が目的で出稿を考えるなら、メディアが用意した大会番組の広告枠よりも若年層向けのウェブメディアやSNS、ゲームアプリ、お金があるならそれこそテレビを選んだほうがいい。若年層はまだまだ大会番組より圧倒的にテレビを観ている(インプレッションの質を求めるなら大会番組でもいいかもしれないが、何にせよ数が少なすぎる)。

※僕は質のいいインプレッションとはもはやエンゲージメントだと思っている。その意味では、昔ながらのばら撒きで得られるインプレッションはそこまで求められていない。が、認知拡大のためにマスマーケティングはいまだ有効だし、そこでしか最初のタッチポイントを持てない人もおり、割合としては効率が悪くても振り向いてくれる人もいる。

「ゲーマーを応援している企業」というブランディングを目的に大会番組に出稿する可能性はあるが、それなら大会やチームに直接協賛したほうがいい。わざわざメディアを通す必要があるのかよく分からない(放映権の中にその権利も含まれる?)。なので、そもそもメディアが大会番組の放映権を購入する理由が見当たらない。大会や番組はメディアが自分たちで作れさえする。

ただし、大会番組の広告枠が運用型であれば多少は放映権ビジネスの可能性が高まる。テレビCMは運用型になるのがいつなのか検討もつかないが、Twitchのような動画プラットフォームではすでに実装されているので、プロリーグであれコミュニティ大会であれ大会番組をたくさん抱えて運用型広告に取り組むと収益に繋げられるかもしれない(CM枠だけでなく画面内のロゴ掲出枠などもありえる。というかすでに実装されている気がする)。

放映権ビジネスは、メディアにとって大会番組が魅力的であることが前提だ。メディアが大会番組を放送することでどう収益に繋げられるか、そこが勘所である。けれど、大会番組の視聴者数は現状の成長率ではそれほど増えていかない。すべての大会番組の総視聴者数が2000万人に達するなら話はまったく別なのだが……(というか、ここを目指さないといけない)。

さらに残念なことに、esportsに親和性の高い層の人口は少なく、日本では将来にわたって人口が減っていく。タイトルも多くてプレイヤー人口が分散している。これらを踏まえると、スポーツと同じような放映権ビジネスが日本でも成立するのかは怪しい。海外メディアに販売するなら別の期待も出てくるものの、その可能性を示せている企業はまだない。

チームは分配金に依存してはいけない

仮に、放映権ビジネスが活況を呈したとしよう。それで潤うのは、直接的には大会を主催するゲーム会社やオーガナイザーだ(このあとはオーガナイザーに統一する。代理店や下請け業者の存在は考慮しない)。当該の大会がオープン大会なら、放映権料はおそらく賞金や大会回数や規模、豪華さに還元されるだろう。そしてプロリーグであれば、チームや選手を中心に、下位リーグなどへと還元される。

オーガナイザーに収益をもたらす放映権ビジネスが成長するのは望ましいことだ。しかし、プロリーグとなると話はややこしくなる。esportsにおいてはチーム(選手)が最も重要な存在だが、持続的に運営されなければならないチームの収益源として放映権料の分配金の比重が高まると、これは非常に危うい事態になる(ゲームの売上からもたらされる分配金でも同様だ)。

なぜなら、ただでさえゲームの人気に依存する生殺与奪の権利をさらに他者へと売り渡すことになるからだ。分配金は成績さえよければ入ってくるが、常勝できるチームはほとんど存在しない。成績が低迷すれば分配金(+賞金)は減る。勝てないチームはリーグに出場すらできなくなる。そのとき、分配金に依存していたチームはどうなるだろうか。当座しのぎにクラウドファンディング?

LJLへのチーム出場条件に「ライアットゲームズからの支払いを除き、5,000万円以上」の売上が見込める法人であることを加えたのは、厳しすぎるという声もあったが実はチームや選手のための配慮だったのだ。ライアットゲームズからの支払い(分配金含む)以外で5000万円の売上を作れない経営者に、選手に充分な報酬を支払いながらチームを持続的に運営することが可能だとは考えにくい。

esportsビジネスの文脈でことさらに放映権料のメリットだけを謳うのは、あまり賢明ではないだろう。もちろんオーガナイザーにとっては重要だし、大会を成立させているチームには分配金が支払われてしかるべきだが、一方でチームにとっては両刃の剣になる。

チームが視聴者データを取得できなくなる

放映権ビジネスはチームが分配金へ依存してしまう危うさのほかに、実はそれよりも重大なデメリットがある。視聴者に関するデータをチームが取得できなくなることだ。

どういう人が大会番組を視聴してくれたのか、どういう人がチームに対してよい方向に意識変容してくれたのか、チームに対してどんなコメントがどれくらいあったのか、既存ファンは大会を視聴してくれたのか。これらのデータはチーム経営者にとって命の次に大切なものだ(定量データも定性データも)。

esportsはほぼすべてのタッチポイントがオンラインなので、データ取得と活用をやりやすい。オフライン大会でも、オーガナイザーだけでなくチームも来場者のデータを取れば(特に名寄せが重要)、データドリブンでいろんな施策を行なえるようになる。SNSや動画、生放送、ファンクラブのユーザーデータは宝の山だ。

では、チームはどこで将来ファンになってくれるかもしれない人(リード)と出会えばいいのか? その最たる場が大会だ。言いかえれば、大会とはチームにとって大切な認知拡大の機会である。そこで活躍することで、リードが生まれ、新たなフォロワーと繋がっていく(もちろん大会以外の機会も多々ある)。そうした視聴者のデータを利用することでエンゲージメントを構築し、ファンになってもらう。ゆえに、視聴者のデータを得られないのは目や耳を塞がれているのに等しい。

とはいえ、現状でもオーガナイザーやメディアがチームに視聴者データを提供しているケースは少ない。もしオーガナイザーがチームに長く存続してもらいたいと考えるなら、チームにデータ提供をすべきだ。あるいは、オーガナイザーが各チームのファン作りを本気でサポートしないといけない。ウェブメディアならそこで提携すればチームとしてかなり心強い(ただ、じゃあやりますと言ってできることではなく、顧客データの共有は個人情報保護法も考慮しないといけない)。

だが、もしここに放映権まで絡んできたら、もはやチームどころかオーガナイザーすら視聴者データを得ることはかなり難しくなると思われる(メディアやプラットフォームがタダで情報を渡すわけがないし、有償でもデータそのものは使わせてもらえないだろう)。

Bリーグではリーグ側が全チームの顧客データを集約し、個々のチームに合わせたデータ活用がなされている。

これはチームにとって本当によくない状況の1つである。なぜなら、epsortsビジネスはインプレッションではなくエンゲージメントにこそ強みがあるからだ。国内なら、現状はどうしたって大会番組の視聴者数に大きな期待をすることはできない。言いかえると、インプレッションには期待できない。しかし逆に、チームや選手とファンの繋がり、つまりエンゲージメントには強烈な期待を感じさせてくれている。

チームは是が非でもエンゲージメントにまつわるデータを手に入れなくてはならず、そのためにオーガナイザーとは重々話し合わなければいけないくらいだ。データを取らないチームは、これもまたデータを持つ他者に依存することになってしまう。

いまや多くの企業でエンゲージメントが重視されている。マーケティングの企業事例に関する記事を探して読んでみてもらいたいが、esportsにお金を出してくれそうな企業ほどいかにエンゲージメントを構築するかに腐心している(ALIENWAREのDellもアンバサダープログラムを行なっている)。

中には、人口が減少する日本という国では今後インプレッションにもとづくビジネス全般が成り立たなくなっていく、だからエンゲージメントベースに切り替えなければならないと主張する人もいる。

チームはモチベーションや収益のためにファンを獲得する必要がある。それには大会番組の視聴者データが必要だ。それをもとにリードとコミュニケーションし、エンゲージメントを構築する。

もしスポンサーがインプレッションを必要とするなら、上述したようにesports以外の選択肢がいろいろある。だが、エンゲージメントを求めるなら、esportsシーンはとても魅力的に映るだろう。だから、チームが(あるいはオーガナイザーが)スポンサーを獲得するには、インプレッションではなくエンゲージメントを売らなければならない。

放映権ビジネスが活発になるのはいいことだ。だが、チームが新たなファンを獲得する機会が逸されるとしたら、単純に収益源として持て囃さないほうがいいかもしれない。

いずれにせよ、チームはファンとのエンゲージメントから生み出されるお金が収益の柱にならなければならない。それがあればどこまででも羽ばたける――Six Invitational 2019でベスト4という偉業を成し遂げ、同接7万人もの視聴者を魅了した野良連合のように。

※上記のような観点から言えば、AXIZは99%BANされていた頃のkassadinに匹敵するくらいのチート級のチームだ。チームがテレビ番組を持っているのだから。逆に言うと、AXIZを始めGameWith、FAV Gamingのようにチームとしてメディアを持つことの強みがうかがえよう。

エンゲージメントという可能性

チームとエンゲージメント、データ活用、ファングッズの議論をもう少し発展させたいところだが、今回はここらへんで締めくくろう(どうやってエンゲージメントを構築していけばいいのかについては、また別の機会に)。

esportsビジネスの要はエンゲージメント、このことを覚えておいてほしい。僕も「エンゲージメント……エンゲージメント……」と譫言にまみれて仕事をしているが、esportsが生み出すエンゲージメントは本当に魅力的だ。

チームに限らず、オーガナイザーや関連企業にとってもエンゲージメント志向がフロンティアを切り開くはず。その先には豊穣な土壌が見えてくるだろう。このことに気づいているチームや選手は、すでに驚くような収益を上げている。

当然、放映権ビジネスもインプレッションではなくエンゲージメントを売るという観点から捉え直せば、これまで培われてきたスポーツの放映権ビジネスとは別の方向性で成長させられるだろう。

巷ではesportsに関するさまざまなテーマが話題になっているが、この記事のようなテーマがもっと活発に議論されるようになってほしいところだ。

↑続編

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本編は以上です。有料パートでは余談や小話をお送りします。本編で明らかにしていない核心が書かれているということはありませんが、なぜこの記事を書いたのか、なぜこの記事が必要なのかといったことを書いています。

【テーマ】
esportsのビジネスノウハウが全然表に見えてこない問題

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