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先駆者・江尻勝はesportsシーンをどう見ているのか、どこを目指しているのか

日本のesportsシーンの最前線を走ってきた先駆者を挙げるとしたら、DeToNatorおよび代表である江尻勝はその筆頭だ。

DeToNatorはもともと『AVA』にて頭角を現し、その後いくつかのタイトルでゲーミングチームを結成。試行錯誤を経て現在はストリーマーの育成に注力し、海外のesportsシーンで現地の選手と契約してチーム運営を行なっている。

そのため、ここ数年でDeToNatorを知った人は国内プロリーグで活躍するesportsチームというよりも、(国内では)人気のストリーマー集団というイメージを持っているのではないだろうか。そこにはやや大きめのギャップがあるように感じられるが、その変化は古くから同チームを知る人だけでなく、最近同チームを知った人にとっても関心が深いはずだ。

DeToNatorはなぜいまある形へと姿を変えてきたのか。そして、どこに向かおうとしているのか。

この疑問に江尻本人が答えたのが、KADOKAWAから発売された『DeToNatorは革命を起こさない ゲームビジネスで世界を目指す』(2018年3月)である。

発売記念トークイベントも予定されている。

どんな本か

本書では江尻がDeToNatorの来歴を紹介するところから始まる。内容としては以下のテーマが設けられている。

CHAPTER:0 DeToNatorが目指す道
CHAPTER:1 15歳からの若者を導く教育事業
CHAPTER:2 ライブストリーミングを活用した広告事業
CHAPTER:3 海外競技シーンへのあくなき挑戦
CHAPTER:4 日本と世界におけるeスポーツの相違点
FINAL CHAPTER 成功するために革命は不要だ

江尻いわく、今後DeToNator(運営会社GamingD)としては教育事業、広告事業、海外展開により一層力を入れていくということで、それらに着目した理由と展望が述べられていく。

ビジネス書というよりも自伝、もしくはエッセイ集のような構成になっており、esportsやゲームを利用したビジネスに活かせるような一般化ないし体系化されたノウハウやフレームワークが解説されているわけではない。あくまで、江尻がDeToNatorの方針について語り、esports業界でもよく話題になる事柄についてどう考えているかを述べた本である。

そのため必然的に内容はesportsシーンやDeToNatorに馴染みがある読者に向けたものになっており、本書でesportsのあれこれやゲームビジネスのあれこれを知るのは難しいように思う。かなりハイコンテクストな本であるのは間違いない。

ただ、先駆者の考え方や哲学を知れる機会は少ないため、その点ではたいへん勉強になる1冊だろう。江尻が強調するのはDeToNatorが「esportsビジネス」ではなく「ゲームビジネス」を志向しているということだ。核となるこの考え方を理解できれば、江尻が教育(育てる)、広告(稼ぐ)、海外(競う)という3本の柱に入れ込む理由もおのずと見えてくる。

教育――優秀な人材を待っている暇はない

さて、ここから内容について紹介していこう。

DeToNatorは2019年から本格的に教育事業に乗り出し、若い才能を発掘していくという。高卒認定を取得できるバンタンゲームアカデミーの運営する専門学校と提携し、江尻本人やDeToNatorのメンバーが講師として登壇する。

教育事業に取り組む背景には、優秀な人材が自然と出てくるのを待っている暇はないという危機感がある。すでにいくつかの専門学校はあるが、多くは高校を卒業したあとに入学することになる。それだと選手としてセンスを磨くのは遅すぎる、というのが江尻の考えだ。

それと、江尻は選手のプレイスキルだけでなく「人間性」が非常に重要だと考えている。あいさつやお礼を言えることといった人として基本的な素養がない選手も多いが、そんな選手にファンができるわけがないと喝破。こうした素養は早くから教育して身につけさせなければならず、それも一般的に高校に入学する15歳~16歳という年齢を重視する理由だ。

特にお金の授受に関して、江尻は企業やゲーミングチームが若いプレイヤーをちやほやしてお金を渡してしまうことを危惧する。ただゲームがうまいだけでお金がもらえると勘違いするプレイヤーもいるのだ。お金をもらうことの価値、そしてお金を渡すことの意味を双方がより理解しなければならない。

本章の印象としては、江尻が「教えなければならない」と強調しすぎているように感じるところがないわけではなかった。江尻の考えが間違っているわけではないし、むしろ妥当だと思うものの、それも過ぎれば独善的な教化となる(つまり、江尻やesports業界、ゲームビジネスにとって都合がいい人材に育てうるということ)。文章や書き方の問題だろうが、もう少し教育対象(学生)の側に立って書かれているとなおよかった。

広告――スポンサー頼みから自分たちで稼ぐために

DeToNatorの国内での活動が競技ではなくライブストリーミング中心になっているのはよく知られていることだろう。江尻はその理由を、DeToNatorとしてスポンサー頼りになるのではなく、自分たちで稼ぐ手段を作るためだとしている。

その手段とは、ライブストリーミングで広告枠を作って売るということだ。プロゲーミングチームの多くはスポンサーからの協賛金が大きな収入源となっており、DeToNatorでも8割ほどがそうだという。これを2割にし、残りの8割は自力で稼ぐのが目標だそうだ。

ただ、まだまだライブストリーミングの広告価値が企業に理解されづらいのが課題だという。企業がブームに乗じてプレイヤーやストリーマーを使い捨てようとしている空気感にも警鐘を鳴らす。しかしDeToNatorとしては、フォロワー数や配信時間などのデータをセールスシートにまとめ、営業活動を開始。少しずつ成果が出始めている。

江尻は本書で広告を「スポンサー以外の商品をプロモーションすること」だと述べており、これはおそらく有限の広告枠(=ライブストリーミングの配信時間)を分割して各広告主に割り当てて販売する、ということを意味していると思われる。

ただ、スポンサー(パートナー)だろうがそれ以外の広告主だろうが、メンバーが商品をプロモーションするのでそこに本質的な違いはない。その点に言及がないのが気になったが、メンバーそれぞれがメディアになってライブストリーミングという広告枠を売るという方法は実に真っ当だろう。

チームとして稼がなければ競技シーンで活動するための練習環境も整えられない。江尻はDeToNatorというチームを競技シーンで活躍させるために、本格的に広告事業へと乗り出したのである。UUUMへの言及が何度かあり、江尻が目指す方向性がうかがえる。

海外――世界のesportsシーンで1番になる

3本柱の最後に説明されるのが、なぜDeToNatorが海外のesportsシーンに挑戦するのかということ。その理由は大きく2つあり、1つは日本より海外のシーンのほうが可能性(お金、規模、成熟度)が大きいということ。もう1つは、江尻がそうしたシーンで優勝することに特別な夢を抱いていること。

江尻は海外と日本の環境の違いを憂える。例えば韓国では、新しいプロチームが立ち上がるとフルタイムで練習し大会に臨むのが当たり前。だが、日本では学業や仕事を持つプレイヤーが多く、どうしても充分な練習時間を確保できない。国内ではどこも同条件のため通用しても、一歩海外に出ると練習量の差に圧倒されてしまう。

また、リーグは平日に試合を行なうのが難しく、週末に大会を行なわざるをえない。これではなかなか興行としては成立しないのだ。江尻の世界観においては、日本から世界に向けて挑戦するのは難しい、ということになる。

ただし、『PUBG MOBILE』では環境が整っていると見て、国内でチームを立ち上げる。それまでは国内の「地盤が整うまで後回しにしていた」と述べ、ようやく管理と教育の体制を作る見込みができたがゆえの参戦だったのだ。

本章では競技シーンに挑みたいプレイヤーに向けて心構えやアドバイスが並べられていく。また一方で、日本の競技シーンが世界に通用しない理由としてコーチの重要性やフルタイムで臨む必要性などが説かれる。

このあとのCHAPTER:4では日本と世界のesportsの違いや日本のシーンの問題点が挙げられ、江尻の考えが述べられていく。これについては冒頭で書いたようにハイコンテクストな内容となっているが、esportsシーンに関心がある読者には面白く読めるだろう。

ユニークな価値のある本

繰り返すが、日本のesportsシーンで先陣を切ってきたDeToNatorについて、そして同チームを率いてきた江尻勝という人物の頭の中を知れることには大きな価値がある。これは何にも代えがたい。また、本書は日本のesportsシーンにどのような課題があるのかを一望するのにも適した1冊である。

江尻の意見をすべて妥当なものとして受け取る必要はない。けれども、esports業界においては良識的な1人であるのは確かなので、自分の考えを整理したいならぜひ参考にするといいだろう。

DeToNatorと同じく業界を牽引してきたDetonatioN GamingのCEOである梅崎伸幸の著書『月給プロゲーマー、1億円稼いでみた』も2017年に発売されている。合わせて読めば、eスポーツやプロゲーマーに関してより理解が深まるはずだ。

本編は以上です。有料パートでは本書で特に気にかかった点、「多すぎる苦言とエクスキューズ」について書いています。

多すぎる苦言とエクスキューズ

さて、有料パートでは本書が抱える問題について書いておきたい。

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1,438字

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