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言葉 ~Words~

[言葉]

それは、普段誰しもが使うもの。日常会話だけでなく様々なものにも使われる。さらに現代はインターネット社会・そしてSNS社会になってきたからこそ、直接的なものと文字での会話が半々になっているように感じる。
直接の会話ではイントネーションや雰囲気から言いたいニュアンスを感じ取って会話を成立させることもできるが文字での会話ではそう簡単にいかない。相手がどういう気持ちで書いてるのか。どんな表情で書いているのか。だからこそ書いた人と相手との間で受け止め方の相違があったらそれまで、最悪の場合は関係がこじれたり絶縁してしまったりすることもある。書き方や語尾の口調、絵文字など細かいところまで神経使うことになることもある。

このnoteを読んでくれてる読者だって例外ではない。筆者がこういう気持ちで!という内容だって100%全員に感じ取ってもらえるとは限らない。中には内容に「はあ?」ととらえられてしまう部分もあるし、「私もわかる…!」と共感していただける部分もあるかと思う。
基本的に私がnoteをかくときは、いろんな人を通しての経験や体験したことをもとにして書いていることが大半である。なので共感していただける部分が多いように文章を書くことを心掛けてはいるが、気に障るようなことを書いてしまっていたら申し訳ない。本題に入る前にお詫びさせていただく。

推すこと 推されること

さて、長々と書いてきた言葉について。そんな中でも今回は「推す」という言葉に重心を置いて話を展開していこうと思う。
特にアイドルなど大人数で活動しているチームやグループを応援している人には散々耳にしてるであろう言葉である。
「推す」というのは「応援する」を一人ないしは少人数のみを特に応援するときに用いられる言葉。そして推している人のことを「僕の推しは~」などと紹介するのが一般的だろう。そこから一人だけを特化して応援する「単推し」やチーム全体を応援している「箱推し」など細分化していくがここではその細分されている内容は割愛する。
さて、この「推す」ということ。一見文字だけ見たら簡単そうに見えることかもしれないがこれがとても大変で難しいことなのだ。ここで大事なキーワードとなるのが「パーセンテージ」なのだ。

わかりやすくするために例を用いて説明していこう。
ある有名アイドルグループ「X」の一人、AさんとそのAさんを推しにしているZくん。この二人を例にして話をしていこう。
ZくんはAさんの応援のために仕事終わりだろうと現場に駆けつけ応援してくれる熱心なファン。「推しに会いたい」その一心でいつも応援に来てくれているのだ。SNSの更新にも抜けがなくAさんの更新には毎回何かしらのリアクションをしている。対して推されているAさんも毎回のイベントでZくんの姿を見ており、一番に応援してくれているのも知ってる。AさんからしてもZくんは大事なファンのひとりである。
さあ、ここでパーセンテージを読者の皆様に考えていただきたい。
この状況を読んで、「A→Z」と「Z→A」の推しパーセンテージはどうだろうか。
どう思うか、それは読者の皆様にお任せすることとして、もう一つの例を見ていただこう。続きのような話をしていこいう。

Tくんは「ダレデモダイスキ」通称DDである。しかしそんなTくんにも特筆したい推しはいる。それが「X」のCちゃん。
TくんもCちゃんに会いたいその気持ちでXのイベントにはほぼ毎回参戦している。しかし他のグループ「☆☆」や「△△」も好きなTくんはXだけでなくそっちの現場にも頻繁に顔を出している。
Aくんと比較するともちろん応援してる人の多さや参戦率も異なるゆえにCちゃんの更新に全部行き届かないことももちろんある。それに☆☆や△△の更新に気を取られて推しのにリアクションできないこともしばしば。
対する推されているCちゃんもTくんがDDであることは知っているしそれでもほぼ毎回の参戦で会っているからこそ、大事なファンの存在である。
さあそれではもう一度同じ質問をしよう。
この状況を読んで、「C→T」と「T→C」の推しパーセンテージはどうだろうか。
それではこの二つの考えをもってまとめへと移ろう。

【推しという言葉の重み】

さきほどの推すことのパーセンテージ。「ファン→アイドル」へのパーセンテージ、ZとTはほぼ同値ではないかと思う。「アイドル→ファン」の数値も同じように見えるか後者の方が少し低いように見える人が多かったかもしれない。
しかし問題はここからである。それを「ファン側がどう考えているか」「アイドル側はどう捉えているか」なのだ。私が言いたいことはここにある。
前書きでも書いたように言葉というのは一歩間違うと関係を破綻しかねない要素も持っている、簡単でとてもこわいもの。いくら現場に来ていてSNSでも推しを公言していたって、そのほかの言動やリアクションを見られたときに一途にその人だけなのであれば、またはちゃんと見てくれているなというのが伝わるならまだいい。
「本当にこの人応援してくれているのかな」と少しでも疑問に感じられたら「推す」ということに関してはもう何もファンは言えなくなってしまう。ただこれはもちろんどんな場面でもお互いに話したりして双方合意、納得しているのであれば全く話は別である。
ましてやファンの推し度合いが高ければ高いほど、なお相手のことを悲しませるような起因になってしまうことだって容易に考えられる。
今回は「推す」という一点に絞って話をしてきたが、これは会社での上下関係の会話や友達同士の日常会話にだって同じことは言える。
応援している人がいる方は特に。「イチ推し」との関係を長くいいものにするのであれば、普段の応援だけでなくそれ以外の発言やリアクションもおろそかにしてはいけない。
相手は見てないと思うことほどよく見ていたりすることもよくある。
あなたの「推す」こと。本当に相手にも伝わっていますか…?

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