マガジンのカバー画像

その他

5
運営しているクリエイター

記事一覧

帰郷

帰郷

会社を辞めようと決めたとき、一番困ったのは社章だった。返却しなければならないそれは、実家の机の引き出しにしまってあるのだった。

実家を出るとき、たまには帰るだろうと思って、わりあいにいろいろなものを置いたままにしてきた。それから様々なことがあって、実家に足を踏み入れないまま3年が経った。思えば帰りたいと思うような場所ではなかったのに、なぜたまには帰ると思ったのか、今となっては分からない。家を出る

もっとみる

ワクチン(モデルナ)を打った話

新型コロナのワクチン(モデルナ)を打ちました。たくさんの方がすでに書かれているのでもうあれかもしれませんが、自分用にメモしていたものを一応載せておきます。

念のため2回とも接種当日と翌日は仕事の休みを取っていました。

●1回目
午前中接種

7時間後 筋肉痛的な痛みがはじまる。
12時間後 筋肉痛悪化。
翌日 ひどめの筋肉痛継続。痛みは引かないがしょせん筋肉痛的な痛みなので、心のなかでイテテテ

もっとみる

ナラクトノーム

弟の濃霧が生まれたとき、奈落は11歳でした。11歳、サンタクロースの正体にはとうに気がついていました。時差を考えてもひとりの人間が世界中を一夜で回るのはむずかしいのではないかしら、ほしいものが何でももらえるなら貧しい国におなかを空かせた子供がいるなんておかしいのじゃないかしら、と考える可愛げのない子供。
けれど奈落は、母親に自分が考えたことを言うことができませんでした。奈落と濃霧の母親は自分の理想

もっとみる

無題

夜10時、会社を出て森田と駅まで歩く。
「昨日本屋で万引きが捕まるとこ見たんすよ、なんて言うんすかああいうの、私服警官的な?Gメン?」
「森田が本屋に行くことにまず驚いたわ」
「なんすかそれ、知的好奇心が満たされますよ本屋は」
まさか森田から知的好奇心という言葉が出ようとは。
「お前本屋で何買うの」
「え、ヤンジャンとか」
そう言って森田は自分でげらげらと笑った。
「あーかっこいいっすよねああいう

もっとみる

無題

横殴りの雨の中でぱっと空が明るくなって、君嶋が「あ」と言った。僕よりずっと視力が悪いくせに君嶋は裸眼でがんばっていて、今も何かを見ようとするように目を細めていた。どーんと大きな音がして、雷が落ちたのが分かった。近い。それもかなり近くだ。「落ちたな」と君嶋が言った。意を決して、傘を畳んで走り出す。すでに全身ずぶ濡れで、ここまで来たら傘は意味がないのだった。「雷はさ、滅多に傘に落ちないんだって」と言い

もっとみる