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月刊 戒め

部屋も外も暗い。どうやら夕方か夜らしい。そこまでぼうっと考えて、戒めを生産するというタスクが増えたことに静かに絶望した。頭が半分眠っていて、その絶望に薄いベールがかかっていたことがせめてもの救いだった。一生目覚めたくないと思った。酒鬱と真っ正面から向き合える体力が、今の私にはない。
自主的に眠ろうとした。暫くそうしていたら金縛りにあった。女性が耳元で「大丈夫?」と囁く。大丈夫じゃない。全くもって、全然大丈夫じゃない。
金縛りから解放された瞬間に、頭の中にかかっていたベールが剥ぎ取られて、どうしようもないレベルの絶望と対面した。色鮮やかで、鋭利で、膨張し続けている。あっという間に私の中を酒鬱が支配した。逃れようともがいたら、鬼のような二日酔いが私を襲う。何にも向き合えていない。向き合いたくない。

喉が渇いている。
そう気がついたら、猛烈に水が飲みたくなった。リビングに降りてガブガブと水を飲んだ。気が狂ったみたいに水を飲み続けた。水を飲むという機能しか、今の私には搭載されていなかった。
理由は考えたくもないが、笑ってしまうくらい手が震えていた。武者震いかもしれないな、と現実逃避をした。
そしてしっかりと吐き気を感じた私は二度吐いた。飲んでいた水が全部出た。キャッチ&リリース。お返しします。
脳内に音姫のメロディーと、ししおどしの映像が流れている。これが報いということなのかもしれない。カコーンという虚しい音が頭に響く。

空っぽになった私はリビングに戻って、階段の脇で虚脱状態になっていた。それを見た母が「藤井風みたい」と言った。何を思ってそう言ったのかわからないけど、ともかく藤井風に失礼である。

少し回復して、しじみの味噌汁とリンゴを食べた。涙が出る程美味しかった。この為に二日酔いになったんだ、と思わせるような美味しさだった。不幸の中にも幸福はある。
味噌汁をおかわりして、ようやく昨夜を振り返る準備ができた。罪と向き合え。戦え。



14:30、調布駅。元職場の上司兼親友の父兼私の親友、というややこしい関係である勉さんと、スラムダンクの映画を観に行った。
ちなみに勉さんとは、夜中に海に行って朝まで海に石を投げ続けたり、サプライズで青木ヶ原樹海に連れて行かれたりしたが、これはまた別の機会に書くことにする。

映画の内容には触れないでおくが、原作を改めて読みたくなる良い映画だった。
その後、感想を語るという目的で近くの居酒屋に行ったが、ほとんど映画には触れず他愛もない会話をしたのが私たちらしかった。
そして眠らない街こと千歳烏山に移動して、2時間だけカラオケをした。何故か「お互いが死んだとき、葬式の三次会で相手に捧げる歌」という意味のわからない縛りで歌った。勉さんはそういう訳の分からないルールを考えるのが得意だった。
想像してた十倍盛り上がった。死んでも葬式の三次会でこれを歌ってくれるのか、と思ったらなんだか悪くない気がした。

そして最近お気に入りのバーで軽く飲んで、日付が変わる頃に家に帰ろうという算段だった。終わりの始まりである。
マスターと勉さんがこちらが思っていたより仲良くなって、最終的に3人でビリヤードをした。美味しいジンとウイスキーをロックで飲んでいたら全てがどうでも良くなってきた。楽しい、美味しい、素晴らしい。
時間を忘れて楽しんだ。そして時間を忘れていたので、そのバーを出る頃には家に帰ると迷惑がられる時間になっていた。
こうなると私は朝まで飲むしかなくなってしまうのだった。

申し訳ない気持ちと楽しい気持ちを抱えつつ、バイト先であるバーに行った。
知り合いが沢山いる。沢山話す。私はどんどん饒舌になっていく。終わりに向かっている。終わりに向かっていくのは、楽しい。後から死ぬ程反省するのがセットだが。
一緒に働いている方々が私は本当に大好きなので、仕事以外でこうして会えることがとても嬉しかった。嬉しくてハイボールを沢山飲んだ。終点である。

気がついたら、私以外誰もいなくなっていて、隣にはスタッフが座っていた。私はスタッフに愛を伝えまくる妖怪になっていた。そんな妖怪に優しくしてくれるお二人にまた好きが募って、その好きという気持ちをBGMみたいに垂れ流していた。
そして二度会計をしようとする最悪の得意技を披露しつつ、私は先輩方と共に店から出た。朝になっていた。

徒歩で帰ろうとした私は、何故かヘルメットを装着してバイクの後ろに乗っていた。家まで送ってくれるのだという。輸送である。
初めてバイクの後ろに乗った。風がビュンビュンと気持ち良い。酔いがこの時だけ置き去りにされて、風と共にどこかへ運ばれていった。この一夜が風そのもののようだったので、私の中でなにかがいい具合に調和して冬の澄んだ空気に溶けていった。あっという間に家に着いた。魔法みたいな時間だった。一夜にあった出来事に私はまだ追いつけていなかった。

最近寝付きが本当に悪かったのに、気絶したように一瞬で寝た。夢より夢のような時間だったので、現実と夢とが逆転しているような違和感があった。

そして現在。実際流れている時間に追いついた。やっと時間を掴むことができた。
以前お客さんに「今年の目標は戒めを書かないことですね」とヘラヘラ話していた自分を思い出して軽率に死にたくなった。でも、私が死んでも勉さんが葬式の三次会で、あなたにとハナミズキを歌ってくれるということも同時に思い出して、少し心が救われた。
嫌なことがあって、やけ酒に近いモチベーションで始まった飲酒だったのに、最後にはそうした気持ちが浄化されてずっと楽しい気持ちでいることができた。
大反省はしているので、こうして戒めを書いているけれど、後悔はしていないのかもしれない。だから同じ過ちを繰り返すのかもしれないが。
それにしても、美しい一夜だった。

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