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1/5 誕生日前夜:24歳最後の日

 誕生日前夜、といってもまだ日は高いころ、私は近所をあてもなく歩いていた。とくに目的があったわけではない。仕事が思ったより早く終わって、時間がたっぷりあった。それだけである。

 私は明日25歳になる。「大人になったなあ」という実感はまだないが、「子どもではない」という実感はすでにある。社会人になってもうすぐ満3年。生活に大きな変化はないけれど、日々いろいろなことをして、いろいろなことを乗り越えてきた。

 住宅地を歩いていても、不思議と誰ともすれ違わなかった。公園はたくさんあるが、そこに子どもの影もない。いるのは風によって動く木々と、自由な鳥たちだけ。駐車場ではカラスたちがステップを踏み、頭上では見知らぬ鳥が話し込んでいる。もしかしたら、人より鳥の数の方が多い場所なのかもしれない。

 ふらふら歩き続けていると、自動販売機の一隊に出くわした。特に喉は渇いていなかったが、小銭は持っていたし、「飲んでもいい」という気持ちになったので飲むことにした。どうせなら、24年間飲んだことのないものを選んだ方が楽しい気がする。飲み物たちと睨み合いながら、飲んだことのないものを選ぶことにした。
 お茶、コーヒー、ココア、ゆずれもん。やはり馴染みのある飲み物にばかり目がいく。しかし今日は、その陰に隠れていたドリンクたちに目を向ける。コーンスープ、おしるこ、炭酸ゼリー。いつも見逃していたものたちも、存外魅力的なものが多い。悩むこと1分、私はこの飲み物を買った。

 さつまいもミルクである。華やかな「芋milk」の文字。「芋milk」って。「芋」の草かんむりの縦棒がさつまいものような形をしている。いつの間にか、さつまいもミルクのことで頭がいっぱいになり、買わないという選択肢がなくなった。
 手に取ると、温められた缶のあたたかさが伝わってくる。買ってよかった。冬の散歩によく似合う。さつまいもミルクを両手で持ちながら、私は一番近くの公園へと向かった。

 その公園にもやはり人はいなかった。お正月だからかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。私は朽ちかけのベンチのそばに立ち、さつまいもミルクを飲んでみた。おいしかった。甘すぎたらどうしようかと危惧していたが、それは杞憂だった。ほんのり甘い、ミルキーなさつまいもの味。身も心もぽかぽかしたので、私は家に帰ることにした。

 缶を捨てるために先ほどの自動販売機を通ると、道に迷ったおじいさんと出会った。この道の突き当たりを左ですよと案内すると、じゃあそのあたりでまた聞いてみます、と返ってきた。おじいさんの気楽さに、なんだか新鮮な感じがした。そんな人生も楽しそうである。

 家に帰ると、柿を突いていた鳥たちが一斉に飛び立った。
 私は明日、25歳になる。

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