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【夢】料理人→栄養士/国際協力→ITベンチャー/まちづくり

私はやりたいことがいつもありました。

やりたい事がない若者も多いという話を聞いてましたが、自分には感覚がわかりませんでした。

自分の場合は、考え方が変わるとやりたいことが変化し続けていたので、そのことを書こうと思います!


●12歳ごろ[夢が料理人👩‍🍳]

料理人になろうと思った小5〜中学生のとき笑

誰かに何かを作って、喜ばれる事が単純に好きで料理を作る人になろうと思っていました。


●18歳ごろ[夢が栄養士で国際協力🍅🥦]

栄養学を学びたかった理由は2つで...

1つは、身体に良い料理じゃないと、本当の意味で人を幸せにできないと思い栄養学を学びたいと思いました。

2つは、摂食行動(摂食障害)を治したかったからです。

摂食行動とは、過食や拒食をしてしまい、普通に食べられなくなる心の病なのですが、これが自分で制御できなくて治らず、健康になる必要があると感じたためです。

摂食障害になったのは、生まれてから中学1年生頃まで太っていたことが原因でいじめられたことがあったからでした。

それが原因で、適正体重なのに幻覚のように自分が太ってるように見えるのです。

太ってると思い込んでいて、自分に自信が持てませんでした。

その時に、自分が"見た目"という色眼鏡で見られることで劣等感を感じたことで、惨めで悲しくなって、人のことを色眼鏡で見ることの愚かさを感じました。

自分は人を色眼鏡で見るような、人間にはなりたく無いと思いました。

この時の気持ちが国際協力に変わっていきました。


生きていることが辛かった時は、自分の生まれを恨んだり、何故自分ばかりと思いました。

しかし、途上国の暮らしを知り、"自分より辛い人がいる"と感じました。

先天的ギャップによって、生きる上で不利になるのはおかしいと思いました。

先天的ギャップによって生きる上で不利になるのは、本人の責任では決してないからです。

辛いと感じていた自分の境遇は明日死ぬ訳でもない。。

明日死ぬか生きるかの場所に生まれた人に比べたら本当に大したことないと思い、自分のことが情けなくなって、自分ではどうしようもできないようなことで不利になってしまう人を救いたいと思いました。


国際協力をしたかったのは、

Q.どこかで「途上国だから〜」と色眼鏡でその国を見てしまって他人事になっているのでは。

Q.先進国と途上国がどう考えてもフェアではないよね...。

という疑問からでした。


▷ロスになるほど溢れた食べ物に囲まれながら、食べなさすぎたり食べすぎる摂食障害の人がいる日本

▷明日食べられて生きられるかわからない栄養不良の途上国の子供達


☝️を比較したら、後者を優先しないと!!と感じました。

どう考えても、"たまたま"生まれた場所が途上国だったり先進国だったという「先天的ギャップ」で苦しむ理由がわからなくて、天秤にかけたら途上国を救うべきだと義務感のように感じて、国際協力として青年海外協力隊を目指しました。


●23歳(現在)[夢がベンチャー企業のヘルスケアアプリを広めること📱]

国際協力を知れば知るほど、自分のやりたいことは、自分にとって正解なのか?を自問自答していました。

伝統的な食文化を継承していれば健康であった民族が、アメリカ等からの輸入品によって生活習慣病の増加をしていました。生活習慣病の増加が原因で、青年海外協力隊の派遣されていたことに違和感を持ちました。

自分の目指してることって本当に人の為になってるのかが不安になって、色んな本を読みました。


インプットする中で、簡単に言うと、究極の健康法は、「培ってきた食文化で生活すること」がわかりました。

その中での自分の最適な解は、「国内の文化を継承できるような仕組みを作ること」でした。

そしてそれは、同時にエシカル消費(倫理的消費)へと繋がっています。

日本人である自分は、他国の文化の継承よりも、国内の文化の継承をすべきだと思い、国際協力を国内で行うという形を選びました。

文化の継承には、大量消費・大量生産の仕組みではいけないと思いました。


そのため、私が立てた仮説は...

ヘルスケアアプリで全国民の健康志向が高まる

→身体に良いものを買おうとする

→身体に良いものは持続可能な社会につながるものが多い(自然食品や自然栽培等)

→大量生産<手作り、慣行農業<多目品種農業になるのでは??

→食品の裏側にいる作り手が幸せになれる

→国内の食品の流通が最適化する


☝︎が私の中での仮説です!

その時の私には、世界の飢餓問題の解決も、環境問題も、まずは国内の「食品の流通を最適化をすること」が良い方法に思えたのです。

なぜなら国内の食品の裏側を、最適化することで、輸入が減り、遺伝子組み換え食品の使用が減り、環境問題の解決による貧困の解決につながると考えたからです。

遺伝子組み換えの使用が減るということは、途上国のアメリカからの輸入も減ることにつながり、栄養不良を減らすことにもつながると思いました。


●23歳(現在)[夢がまちづくりで地域のコミュニティ活性で地方活性化、循環型社会の形成🏠]


結局行き着くところは、「持続可能な社会」でした。世界基準で課題解決の方法を考え、アクションに移すことです。

自分がアクションに起こすことは、環境問題や貧困・児童労働などの多くの問題解決に繋がっていると思うからです。


そのための自分のやりたいことは、

"まちづくり"

"食で人を繋げる(コミュニティを作る)"

"食品の流通の最適化"でした。


だから、私は今

まちづくり、食で人を繋げる(コミュニティを作る)→飯能にゲストハウスを作りたい

食品の流通の最適化→ヘルスケアアプリの普及


これが今のところの答えです。


●コミュニティに関心を持ったきっかけ

家族の問題や、学校のいじめ問題からでした。

私の家系は公務員ばかりで、「こうあるべき」論や常識がとても強い風潮があります。

家庭内では、両親の不仲や父親の厳しすぎるしつけがあり、自分の意見を聞いてもらえないのは日常でした。

また、姉は中学生の頃いじめに遭ってからそれ以来不登校になり、いくつか精神疾患を患って引きこもりの時期もありました。

有難い事に友達には恵まれてましたが、家庭での幸せがよくわからない時が多くありました。


そんな時に、1人でフィリピンへ語学留学に行きました。

フィリピンを選んだのは、友達や家族を何より大事にすると聞いていて、日本とは違う"何か"があると思っていたからです。

そして行ったら本当に日本では感じたことのない感覚を感じたことが、コミュニティに興味を持ったきっかけでした。


●生産人口が減り、年金も減ると予測できる今、コミュニティが生活のインフラを成り立たせる💸


今、「社会貢献・クラウドファンディング・モノより体験」が流行るのは、生産と消費が離れたことによる自己承認の枯渇なのかもしれないと、仮説を考えました。

そして、自己承認の枯渇は、人間関係の希薄化からきていると思いました。

だから、人間関係がうまくいくには、生活のインフラをコミュニティから築いていくことはとても大事だと思いました。

ex)ベビーシッターをお隣さんに頼むとか、ウーバーイーツのように配達してくれることで地域の人と繋がりができたり...


そして、人間(ホモ・サピエンス)は、コミュニティで生き残った種です。コミュニティが生物としての能力を引き上げて、ついには人類の中で生き残ったのです。

この短い文明社会では高度経済成長期に段々とコミュニティが希薄化しても、希薄化したまま生きていくなんて、そんな祖先が生き残ってきた術を文明人がたかだか数千年で変えられるわけがありません。

そして、もちろん食文化もコミュニティありきで生まれてきました。

そんなことを考えて、コミュニティって本当にものすごく大事だなぁと思ったのです!




ただ、今もずっと思考し続けていて、開発経済や人類学や食文化を学ぶことに興味もあって、研究出来たら良いなと漠然と思ってて、もう一つやりたいことができそうなのでそれはまた今度書くことにします😊


長い間読んでいただいてありがとうございました!*

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