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【SS小説】Over again

「武田―――」
いつも、先生は居ないとわかっている名前を呼ぶ。
毎朝、繰り返される呼びかけに対して、彼女はいつもそれを、存在の面からスルーするのである。
「三浦」
「・・・はい」
僕はいつも思うのだが、学校とは何の場なのだろうか?
「三浦、次の単語テストの勉強したか?」
前の席の吉村が僕を振り向いて言った。
「昨日、やった」
「お前は良いよなぁ~。部活、暇でさ」
僕は高校生活を部活に燃やす気はサラサラない。勉強をある程度やって、だいたい怒られないレベルの成績を維持する。僕は学校自体にドライな感情を持ちすぎているのかもしれない。


「三浦、お前また保健室いくのか?」
「待ってるから」
僕には同じクラスに彼女がいる。
彼女は、いわゆる不登校だ。僕らは不登校になる前から付き合っていた。原因はわからない。でも、僕にしてみれば、一番自由を求める年頃を学校という枠に嵌め込むのだから、こうならない方がおかしいのかもしれない。
保健室に着くと、僕はゆっくりとドアを開けた。保健室は、ベッドが三つあって、彼女はいつも一番奥のベッドにいる。
「あら、三浦君。毎日、ご苦労様」
保健室の藤森先生は美人で、男子生徒に人気があった。
彼女はここ最近、保健室登校ばかりしていた。担任は、彼女に教室に来ないかと誘いに来たりするらしい。だから僕は、あまり彼女にクラスの話はしない。僕は彼女の負担にはなりたくない。
「三浦君、こんにちは」
彼女は、僕にまるで太陽をたくさん浴びた花のような笑顔を向ける。彼女がクラスに来なくなって一ヶ月ほど経つが、確かに彼女はクラスで居場所を失くしてしまったようだった。友達には愛想笑いしかできなくなって、本当の自分を殻に閉じ込めてしまったのかもしれない。
「今日はね、ウインナーをタコさんにしてみたの」
彼女は料理が上手かった。僕に毎日、弁当を届けに登校しているようなものだった。僕も毎日、彼女の弁当を食べに登校しているようなものだった。
「三浦君?どうしたの?」
「あ、いや。今日のお弁当はいつもより豪華だなぁと思って」
「そう?嬉しいな」
彼女はいたって普通だった。むしろ、そこら辺の冴えない人間より輝いているようにも見えた。だから僕は、彼女が休み始めたときも、ただの風邪だと思ったのだ。何日かして彼女が内心を打ち明けてくれたときは酷く驚いた。
「ところで、こないだ貸したCDどうだった?」
「あれ、すごく良かったよ。特に・・・2曲目とか」
「その曲も好きだなぁ。でも僕はやっぱり最後の・・・」
「Over again?」
「そう、その曲が一番好き」
僕は彼女お手製のタコウインナーに手をつけながら言った。
「確かに三浦君っぽいなぁ・・・」
彼女に、学校を辞める気配はなかった。家で教科書を読んだりして、わからないところを僕に質問したりしていた。
「明日さ・・・何の日かわかる?」
突然の彼女からの質問に、僕は不意をつかれた。
「明日?なんだろう・・・」
「三浦君、自分の誕生日も忘れちゃったの?」
彼女は呆れながらも笑っていた。
「そっか。そう言われれば」
「だからね、明日は学校来よっかなって」
「つまり、クラスに来るってコト?」
「うん。朝から、ちゃんと」
僕は嬉しかった。彼女が僕のために何か頑張ってくれることに、ものすごく愛を感じた。
「ありがとう」
「え?これが当たり前なんだよ」
彼女は苦笑いしながら、お弁当の風呂敷をしめていた。
「当たり前のことができない人間なんか、いっぱいいるさ。香織はそれが学校なだけ。現に俺は、目玉焼きすら作れないんだから」
そう言うと彼女は笑いながら「そうだね・・・ありがとう」と言った。


僕の家は、学校からさほど遠くないところにあって、いつも家が近い吉村と自転車で帰っていた。
「三浦、どうしたんだよ?ニヤニヤして」
僕は吉村のことを親友とまでは思っていない。でも、こいつはいつも僕の考えを言い当てる。
「良い事でもあったんだろう?」
吉村は、自転車で横に並びながら聞いてきた。
「別に」
「ウソつけ、顔に書いてある」
僕は自分の事を、感情があまり顔に出ない人間だと思っていた。でも、もしかしたらそれは大きな間違いなのかもしれない。
「・・・実は明日、香織が来るんだよ」
「武田が?!良かったじゃねぇか!」
吉村は僕が想像した以上に喜んで、僕にひたすら良かったなと言っていた。僕はこういうことに冷めた人間かもしれない。誰かの幸せを心の底から喜んで、それを相手にぶつけることが出来る吉村が僕は少しうらやましかった。
「お前、いい奴だな」
僕はこんなこと言うつもりは無かったけれど、なんだか不意に口から本音がこぼれ出た。
「え?何?」
「いや、なんでもない」
「お前のほうが、いい奴だろ。あ!俺、今日は爺ちゃん家いくからさ、また     明日な」
そういって吉村は、急に十字路を僕とは違う方向に曲がった。
僕が吉村よりいい奴?ありえないな。僕は自分が認めるほど冷めた人間だ。
信号待ちをしていると、僕は不意に彼女のことを考えた。明日、もし本当に来るんだったら・・・彼女が来なくなりだしたころ、僕は時々、同じ言葉を聞いていた。
「明日は行くから」
僕は最初の頃は、明日は来るんだなと思って少し期待しながら学校に行っていた。もちろん疑いたくは無い。でも、そう言って来なかった日が続くと、人間は学習してしまうのだ。期待しないほうがいいと。来ると信じたい心も、段々と疲弊して諦めるようになる。それは人間の一種の防衛本能なのかもしれない。
僕は途中でCDショップへ立ち寄った。
僕が好きな曲のシングルを買いたかったからだ。僕が好きなバンドはあまり有名じゃない。でも、僕の一番好きな曲は、だいたいの人が知っている。ただ、大多数がバンド名を答えられないだけだ。


次の日の朝、僕はMDを聴きながら、自転車にまたがった。時間はいつもより早め。香織の家に向かう僕は、やっぱりまだ微かに期待をしている。

「おはよう!」
キュッと握った自転車のブレーキの音が微かに余韻を残して、風が吹き抜けると太陽のような笑顔で待つ彼女がいた。
「お、おはよう・・・」
「どうしたの?そんな顔して。今日は誕生日でしょ?もっと嬉しそうな顔したら?」
「いや・・・本当に来てくれて、正直驚いてる」
僕は自転車を押して歩きながら、優しく話をした。
「・・・そっか。私、三浦君にウソばっかり言ってたよね。ごめん。そう言ったら、次の日に来れるような気がしてたの。本当はもっと早く来たかったけど、きっかけが無かったんだ」
「だから僕の誕生日に?」
「うん・・・だって、プレゼント思いつかなかったんだもん」
彼女は困った顔をして笑っていた。
僕にとっては確かに、それが一番のプレゼントだった。

僕の日常が変わった。
今日も少し早めに自転車に乗る。彼女と待ち合わせて登校する日はいつも早起きだ。聴き込んだMDはただ、僕の中に音と勇気を送り込んでいた。


おわり


~あとがきという名の悪あがき~
こんにちは。夏夜夢です。
今回は2000字のドラマを少々意識して、書き溜めていたものを発掘してテコ入れしてみました。
だいぶ前に書いたので今の私の感覚とはまた違うものを感じました。
自分では成長ってわかんないものですが、先日友人に、文章が前より読みやすくなった!と言われて、まんまと感謝感激雨アラレ状態になったのですが日々精進を忘れずにこれからも邁進したい所存でござります。
週一ペースで今後も頑張ります!

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